読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

金縛り

昨日はなぜか夜更かししてしまって朝方、傘をさしながらゴミを出し、どかっと降ってきた雨音を聞きながら寝たら、その雨音に触発されたのかどばっと寝汗をかいてたいそう不快になり、3時間くらいで目覚めてしまった。
悪夢を見たような記憶もないのだけれど、しぼれば滴るほどに汗を染みこんだTシャツは着心地が悪く、髪の毛もべっとりと濡れていて、横たわったままシャツを脱ぐことにする。でもそのとき俺は金縛りにあっていて体は動かず、恐くなり、冷や汗のようなものが出てきて、肌に乗っていた古い汗はいま湧いたばかりの汗に居場所を奪われ体を這い降りていく。
上京してからというもの、たまに金縛りにかかるようになったので、それ自体には何ら恐怖はないのだけれど(むしろ動きたいのに動けない不自由を少し楽しめるようになってきている)、今回は、皮膚を覆う汗の不快から逃れられないことが、恐怖になったような気がした。
金縛りから逃れるときにはいつも、体がどうしても動かない数分か数十分だかをやり過ごし(目覚めてから体が動くようになるまでの時間がわからない。俺の部屋には時計がない)、固まった体を無理やり動かすというやり方をする、それ以外に逃れ方がわからない。要するに、金縛りから逃れるための策を俺は何も持たない。しいて言うならかすかな勇気だけは持っている、というところか。
動かしたいときに、思うように動かせない自身の体は恐怖だ。
座り込んだ赤ん坊は、四つん這いの姿勢を取って移動したいのに、自分の体の動かし方がまだわかっていないがために、だるまのように体を揺らす。なぜ思い通りの姿勢を取れないのか、不思議そうな表情を浮かべていた赤ん坊はやがて眉根を下げ口を歪め、泣き出してしまう。
この赤ん坊が教えてくれるように、自分の体を思うように動かせないことはすさまじく不快で不愉快だ。
その不快と不愉快は、自ら払拭できないがゆえの居心地の悪さであって、自ら振り払えない上に他の人に助けてもらうことも期待できないから、やがて恐怖が到来する。その恐怖を乗り越えて、不快と不愉快をはねのけるために必要なのは、赤ん坊の場合は、健康に生きていられれば得られる成長と経験であって、俺のような図体のでかい人間にとっては。勇気だ。
勇気を出して固まった体をなんとか動かし、Tシャツの首元が伸びることも気にしないでようやっとそれを脱ぎ、びっしょりと濡れたTシャツで、これまたびっしょりと濡れた髪を拭いて、俺は再び寝た。
やがて目が覚め、昼の1時になっていることをスマートフォンで確認し、ツイッターのタイムラインを眺めながら体を起こすタイミングが来るのを待つ。

 

 

上京してからというものずっと、金縛りにあっているような気がしてきた。