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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

無意味な妄想(だろうか?)

一生、長澤まさみを抱けないかもしれないと思うと、やるせなくなる。
一生、二階堂ふみの足に舌を這わせることができないのだと思うと、胸が苦しくなる。
一生、宇賀なつみが俺のものにならないのだと覚悟すると、人生ってなんなんだろうと思ってしまう。


人生はいちどきりだ。
幸運にも僕は、綺麗な女性と何度も何度も肌を合わせられたけれど、それでも、有名な美人たちと愛し合う可能性がほとんどないことを思うと、とてもむなしくなる。
当時の僕は、誰よりも恋人のことが好きだったけれども、それでも、長澤まさみと恋に落ちる可能性が目の前にあったなら、僕は、実にあっさりと恋人を捨てて、長澤まさみと抱き合うために自分の全精力を注ぐという確信があって、だから恋人のことを全力で愛し続けることができなかった(全力で愛することができなかったことの言い訳になっている可能性もある、鶏が先か卵が先か、だ。でも話がややこしくなるから「言い訳」の部分は忘れよう)。

マディソン郡の橋』で、突然現れたイーストウッドと恋に落ちる人妻メリル・ストリープを責めることが、いったい誰にできようか。
僕も、長澤まさみと、二階堂ふみと、宇賀なつみと出会ってしまったら、彼女がイーストウッドと恋に落ちてしまうように、恋人への罪悪感を抱きながらも、彼女らとの恋に全神経を集中するだろう。

多分僕は、恋や愛というものがわかってないのかもしれない。さっき「誰よりも彼女のことを好きだった」と言ったけれども、やはりそれは当時自分の範疇にある比較対象内での話であって、絶対的な愛ではなかったのだろう。
「本当の恋」に落ちたら、長澤まさみ二階堂ふみ宇賀なつみが言い寄ってきても彼女らに指一本触れることなく拒絶できるのかもしれない。そんな恋の可能性を想定してしまうと、これから恋愛ができる気がしないのだ。


(無職である限りどんな女性とも付き合えないよってツッコミは野暮です!)