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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

引っ越したい

きょうは2、3個、人生を感じさせる文章を読んで、ひるがえって自分のそれについて少し考えてしまった。
読んだなかでもいちばん感銘を受けたのがコレ。

 

 

就活、就職、転勤、転職。どのタイミングにおいてもTakiさんは状況を楽しもうとするし、アクシデントも自分のなかで消化して思考のアップデートにつなげている、そして、ずっと芯がある。
僕にはない性質ばっかりで、だからこそ、僕に足りないものがなんなのか少しわかった気がした。


この記事を読んだのは夜の散歩中、もう住んで7年目になる町の公園を歩いているときだった。この公園で話した恋人や親友とはもう遠くはなれてしまったのに、僕だけまだこの公園の池のまわりをぐるぐる回っている。
歩きながらツイッターを開いたら、このエントリーが目にはいって、茂みと歩道を隔てる柵にもたれてこれを読んだ。読みながら、なぜかこの町にこだわって、しがみついている自分と、Takiさんの違いを感じた。なぜ、僕はここにとどまっているのだろう。




この町に、そしてこの町に住み始めたころに、後悔がある。この町に越す前も僕は東京の別の町に住んだことがあって、そこでの生活は楽しい思い出ばかりで、町と自分がフィットしている心地よさも十分に味わえた。だから後悔はない。
でもこの町に越してからは何ひとつうまくいかなかった。就活、大学、友人関係、恋愛、何ひとつ、うまくいかなかった。いまでも町に馴染めなくて息苦しい。
だったら引っ越せばいい。なのに引っ越さないのは、自分で選んだこの町に、あのころの生活に、まったく歯が立たないまま去っていくのが悔しいからだ。ここで引っ越したら後悔する、と思っていた。


でも、それは明らかに間違った考え方だ。
小学生か中学生か忘れたが、そのころ学んだ国語の教科書に「コンコルドの誤り」という文章があった。
超音速で飛ぶ夢の民間旅客機コンコルドは、完成したとしても赤字が出るという予測が開発途中にでていた。しかし開発者たちは、いままでの努力が、コンコルド開発にかけてきた時間と金が無に帰すのを嫌って、けっきょくコンコルドを完成させてしまった。そして実際、商業的に大失敗となった。
赤字を出すとわかった時点でストップすれば、傷は小さくて済んだのに、彼らは自分たちのいままでかけてきた労力の方を重視して、痛い目を見た。


その話を僕は妙に覚えている。あの頃の僕は、バカな奴らがいるもんだ、と思ったに違いない。しかし、そのバカはまさに僕だったのだ。




「あのころ」にこだわって、いまをひたすら犠牲にして、未来に夢見ているのが、僕だ。もういいだろう、と、Takiさんの文章を読んで思った。そう思うと、少し体が軽くなった気がした。
ニートも疲れるのよなあ。