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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

未練

駅の近くのツタヤの返却ボックスに向かう。俺の前を歩くヒールを履いた女の足首が、地面を踏みしめるたびに、左右にぐらつく。歩道と車道の隔てるガードレールのない道で、後ろから車が来ないのを確認して、俺は彼女を右から追い越す。


返却ボックスにDVDを無事投函し、来た道を戻る。駅に向かう通勤途中の人たちとすれ違う。おそらくさっきの女の顔を見る。印象に残るような女ではなかった。
俺の悪い癖だ。道ですれ違う女の顔をいちいち見てしまう。すれ違うときに見てくる男たちの視線は本当に気持ち悪い、とどっかで女が言っていた。それを聞いてから気をつけるようにはしているのだけれど、相変わらず女の顔をいちいち見てしまう。見た後で、自分の母親より年上の女だったと気づくこともしばしばだ。女だと認識したら誰でも見てしまう。
たまに商店街なんかで綺麗な女のすぐ後ろを歩くと、彼女が浴びる男たちの視線を疑似体験できる。すれ違う男たちのほとんどが、たとえ恋人と手をつないでいても、綺麗な女に一瞥をくれる。そんな男たちの視線に彼女は慣れているからいちいち反応しない。でも、視線にはもちろん気づいているし、彼女ももしかしたら気持ち悪いと思っているのかもしれない。男は気持ち悪いと思うことに慣れているだけなのかもしれない。


むかし俺の横を歩いていた女の足首も地面を踏みしめるたびに右へ左へ揺れていたんだろうか。彼女の後ろ姿なんか見たことなかった。いつも横から、正面から見ていた。


大した金も払わずに買った遮光カーテンは用をなさず、部屋に戻ると、室内は朝日にやさしく照らされていた。それでも昼夜逆転の生活を送っている俺はかんたんに眠りにつける。
隣の部屋に住んでいる女は大学生に違いなくて、平日一日まるまる予定のない日もきっとあるだろう。この薄い壁の向こうで俺のいびきを聞いた彼女は、俺がどんな生活をしているんだろうと想像してくれたりするんだろうか。


むかし俺の隣に寝ていた女は、あなたといっしょだといつも寝つきがいい、とよく言った。彼女は本当にあっという間に寝ていた。その寝顔をずっと眺める、なんてこと、なんだかキザっぽくてウソっぽくてやらなかった。自分にもはやく眠りが来てくれないかと思いながら、彼女の長い髪を慣れない手つきで撫でていた覚えがある。




さっき見た映画はクソみたいな出来だったけれど、最後のセリフだけはやけに響いた。親が死んで傷心の元カノと密会を重ねていた恋人に向かって女が言ったセリフ。
「きょうちゃんはね、自分でも気づいてないのかもしれないけど、自分の行動を正当化したいだけなんだよ」。
俺のこの文章は、とつぜんつきあいはじめ、なんとなく楽しく長続きし、ぼんやりと終わった恋を正当化したいだけの言い訳のために書かれていて、それを未練というのなら未練なんだろうけど、その相手への未練なのかといえば、よくわからないのだった。