ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

涙の下水道

昨日、早朝、眠れなかったので気まぐれに、嵐のなか歩いた。
僕の故郷は台風の通り道だったけれど、実家に住んでいるころ、強風のなか外出したことはなかった。


帰り道で渡った橋の上から眺める川は灰色の濁流となり、暗渠との合流地点はちょっとゾッとするくらい水の勢いが激しい。下水の臭いは強い風で拡散されて、オシャレらしいその街全体が、ひどく臭うらしかった。駅へと急ぐおじさんのビニール傘がひっくり返る。僕はそんなこともあろうかと傘を畳んで、川を見下ろしていた。だらしなく伸びた僕の髪は、下水の臭いのまじった風で乱される。


まだ大学生だったころ、当時つきあっていた恋人と沖縄旅行をしたとき、ちょうど台風が発生した。運良く本島からは遠いルートを通ったものの、滞在中はずっと悪天候だった。
予定に組んであった灯台に訪れたのだけれど、岸壁に打ち付ける波の迫力はいまでも忘れられない。雨と海水で僕らはしたたかに濡れたけれど、構わなかった。
灯台の立っていたところは海面から10メートル以上はあったけど、波は平気でのぼってきた。灯台の足元をはじける波をバックにして両手を広げて佇む恋人を写真に収めたりした。彼女の長い栗色の髪は強風で乱れ、目は隠れていたけれど、その口元は確かに笑っていて、おそらく声もあげていたんだろうけど、風と波の音で聞こえなかった。


いつか、その恋人と夜の浜辺を歩いたことがある。どこの海だったっけか。覚えていない。
星がまたたく夜空と、月明かりに照らされるだけの真っ黒の海は、穏やかだったけれど、とても恐ろしかった。当時は、東北を襲った津波のイメージがまだまだ新鮮で、目の前の静かな東シナ海が信じられなかった。暗いのをいいことに、少し涙を流してみたりした記憶がある。あの頃の僕はえらくナイーブだったのだ。
意味もなく、恋人の胸を涙で濡らすことも多かった。彼女もそうだった。あの頃の僕らは、いまよりずっとしあわせだったはずなのに、やたらと泣いていた。でも、同時に泣くことはなかった。僕が泣くとき彼女は微笑んで僕を抱きしめ、彼女が泣くとき僕は困って彼女の髪を撫でた。

 


先日、下瞼が腫れて少し痛かった。ネットで調べると、珍しいことではないとわかった。じっさい翌日に痛みは去り、その次の日には腫れもひいた。
下瞼の異変に気づき鏡で見てみると、目頭のところの下瞼には黒い穴が空いていた。この穴は涙道というらしい。別名、涙の下水道。涙は、この穴を抜け、鼻腔へと至る。それもネットで知った。そのページにはこんな素敵なことばがあった、「涙は人体でもっとも綺麗な排泄物です」。
「もっとも綺麗な排泄物」の出口が腫れるだなんて滑稽だ。僕の涙は汚いんだろうか。

 

ひとりで流す涙は、女の胸元を濡らすこともなく、自分の鼻をつまらせ、涙道を汚すだけらしい。