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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

日高屋のカウンター

金に余裕があるときは、日高屋に行く。きょうはアジフライ定食を食べた。安っぽいのにけっこうな値段がするあの定食が好きだ。アジフライにポテトサラダ、そしてギョーザが6個もついてくる。ささやかな贅沢だ。これに生ビールをつければ最高の贅沢なんだけど、きょうは我慢してご飯を大盛りにしてもらった。がっつり食べた。
こんど友人と会ったときにはひさしぶりに日高屋飲みでもしようか。


日高屋はいつも整えられた猥雑さがあって、そこで食事をするのは、すごく気がラクだ。
カウンター席、ひとつ空けて俺の隣の席に座った初老の男、やたら通る声で、雑巾を切ったみたいな白菜のキムチと、白っぽいウインナーと、ごくふつうの枝豆と生ビールを頼む。計850円、けっこうする。メニューと会話しながらビールを飲んでいる。すべて平らげた男はさらに、半ラーメンと生ビールをもう1杯注文した。会計は1300円超え、けっこう高いな、と俺はおもう。俺と彼との間の席には、大きく膨らんだショッキングピンクのリュックサックが置かれている。
「ここ禁煙なのかよ!」と、窓際の席に座っている男が叫ぶ。店員が「はい、窓際だけ、この時間は禁煙となっております」と言うと、男は「はあ? 俺こないだここで吸ったんだけどな、ありえねえわ」と言い残して店を出ていく。席かえたらタバコ吸えたのに、男は出ていった。
カウンターは、ひとつのテーブルに6席あり、衝立を挟んで片側3席となっている。衝立は完全な仕切りとはなっておらず、下の方はあいている。俺の、斜め向かいの女が、ピリ辛とんこつネギラーメンを口で受けにいくとき、その顔が見える。食べるたびに女はティッシュで口元を拭っているようで、お膳の左端には、ところどころ赤く染まったティッシュが、4,5枚、乱雑に積まれている。俺だったら、使ったティッシュ丸めるなあ、とおもいながら見ていた。そういえば、むかし付き合ってた女はティッシュで口元を拭ったあと、そのティッシュをどうしていたっけ、丸めていたか、たたんでいたか、はたまたこの女みたいに使用後のティッシュのありようには一切気を配っていなかったか、思い出せない。


むかし付き合ってた女とは、いろいろなラーメン屋に行った。
いろいろなラーメンを食べたけれど、これぞラーメン!というような素朴な味のラーメンにはあまり出会えなかった。中華料理屋とかに行くと食べさせてもらえるような、本当に、ただの醤油ラーメン。
そういうのが食べたいときには、その女と小汚い中華料理屋に行くのではなく、清潔で安心感あるチェーン店、日高屋でラーメンを啜ることにしていた。あのどうしようもない、向上心の感じられないラーメンが、彼女の舌に合う日が、たまにあったのだ。
それにふたりで行けば、猥雑で弛緩しきった、しかし時に異端分子が入り込んで空気が炸裂するような、どの時間に行ってもブルーカラーとホワイトカラーの勢力が均衡する独特の雰囲気をまとったカウンター席ではなく、奥のテーブル席に案内されて、同じくカップルだったり、家族連れだったり、まあときどきうるさい部活帰りの大学生や、オバサン連中が騒がしいことはあるけど、そういう人々に囲まれて食事をすることになるので、カウンター席の静かな混沌に身を置くことはないから、安心だった。
俺はラーメンではなくチャーハンを食べたが。



さんざん日高屋のことを書いたが、本当は、日高屋じゃなくて、川上弘美が書くような小料理屋のカウンター席でしっぽり飲み食いしたい。それか、アメリカ映画に出てくる、ビリヤード台があって、ネオンが光っていて、女に気軽に酒をおごれるようなバーで飲みたい。日高屋なんて、好きで行ってるわけないのだ。