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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

彼女はまだ俺を知らない。

俺の通っていた高校の誰もが認める美女は学年のミスで、モデルか女優になりたくて俺より1年はやく上京したらしく(pepsのホムペで知った)、しかしけっきょく鳴かず飛ばずでいまはふつうに働いてるっぽく(Facebookで知った)、いまはどうしてるのかわからないけれどオシャレにサブカルしているらしく(Twitterで知った)、そして近々俺の住む街に越してくるらしい(Instagramで知った)。
あの頃よりも少し顔がふっくらしていて、かつて誰もがうらやんだキラキラしたオーラはないが、それでもやっぱり雰囲気のある女だ。あ、俺は彼女と話したこともないし、きっと彼女は俺が同級生だということも知らない。俺の存在すら知らないだろう。でも、俺は、知っている。
この街で、もしすれ違うようなことがあったら、声でもかけてみようか。「◯◯さんですよね? おれ実は高校時代の同級生なんですよ。ずっと憧れてました」なんて言ってみようか、最後のところは嘘だけど。いい女だな、とは思っていた。彼女の恋人の男も、顔の造形は大したことないのに、ものすごく雰囲気があった。長身のふたりが並んで歩いて登校しているさまを、高校1年のころ、母の運転する車の後部座席から何度も見た。母も「あのふたりすごい雰囲気あるわねえ~」なんて言っていた。もしかしたら、あのふたりがオシャレなオーラをまとっていることに気づかされたのは、母のそんな言葉によってだったかもしれない。


高校時代、俺の親友が共通の友人だったおかげで、高校のミス以上にかわいい女と遊ぶ機会を何度も持った。ボーリングに行ったり、夜の浜辺でみんなで語り合ったり、ファミレスでテスト勉強したり……。
当時の俺は女と喋ることができなくて、それは女と喋るのが苦手というよりも、女と喋っている自分を男に見られるのがすごく照れるというか、イヤだったからだ。だからメールではやたら積極的だったし、ふたりきりだと普通に喋れた。


大学に行って運良く素敵な恋人ができて知ったのは、俺は、女の前で過剰にかっこつけたがるし、仲良くなるとすごく甘える、ということだった。
高校までの俺は、自分が、女の前でかっこつけてしまうことや、深い仲になった女には甘えてしまうタイプの男だということを無意識の内に気づいていて、だから、女とはあんまり話さなかったのかもしれない。大学に入ってからはそんなことも言ってられず(性欲の限界)、男の親友には「おまえ、女と話すときなんで声が低くなるの」と笑われたものだった。


大学生になって上京してから、ひとりさびしい夜に「母に抱きしめられながら寝たいな」と思うことが何度かあった。でも、こんな図体のでかい男が、細っちい更年期の母親に抱きしめられたいだなんて思ってしまったことが気持ち悪くて、眠ろうと必死で目を閉じたものだった。
そんな夜の夢のなかで俺はアメリカの白人好青年になっていて、久しぶりに再会した図体のでかい黒人の母親をギュッと抱きしめていた。
目が覚めたとき、アメリカ人はいいな、と思った。自然に母親を抱きしめられるアメリカ人は、俺のような歪んだマザコンにはならないんだろうな、と思った(実際のところどうなのかは知らないが)。
ひとりさびしい夜に母親に抱きしめられながら寝たいと考えてしまったころから、俺はそれまで以上に母に厳しくあたった。自立できない自分を彼女のせいにして、電話越しに責めたてた。
そんな話はすることもなく、翌朝には、この街の俺の部屋に遊びに来てくれた、やさしくてきれいで素敵な恋人のおっぱいを昼間から吸った。


どうしてこんな湿っぽい話になっちまったんだろう。高校時代の美女がこの町に越してくるってことをSNSで知った気持ち悪い男の話をしていたのに……。俺はいま、高校時代の美女とこの部屋でちちくりあえないだろうか、と夢想している。
彼女はまだ俺の存在を知らなくて、でも俺は知っていて、俺は偶然を装って、ロマンチックな彼女との出会いを演出して、そのまま彼女とねんごろになれないだろうか、と夢見ている。かっこつけて、甘えて、抱きしめられたいと思っている。



ちなみに、この文章の真ん中で唐突に「高校のミス以上の美女」の話をしたのは、俺の高校時代はそこまでダサくはなかったよ、という言い訳のためだ。