ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

長い言い訳

さいきんレジで店員としゃべるときにじぶんの声量をコントロールできていなくて困る。発した声が大きくて恥ずかしくなったり、小さくて聞き取ってもらえず逆ギレ気味になったりする。ひとと話すのがもともとは好きな人間だったので、まさか自分が1週間を、だれとも向い合って話すことなく終えるような生活をする日が来るとは思っていなかった、いまだって思っていない。ひとは、ある日とつぜんニートに変身するわけではなく、ゆるゆると、そういう言葉でしか社会さまに説明するしかない状況に気づいたときには陥っているものだ。俺は、なんとなくどこかで現状を楽観視している。その気になれば、やれば、ニートという肩書は捨てられると思っているフシがある。しかし、ニートは肩書ではなく、俺の性質になってしまっているともおもう。


現実が停滞している一方で、夢をたくさん見る。面識のある人もない人も、有名人も無名人もみんな俺の夢に出てくれる。一時期は悪夢ばかり見ていたけれど、さいきんはいい夢ばかり見る。きょうは女子アナと楽しくいやらしいことする夢を見た。
起きているあいだは、映画を見たり本を読んだりタイムラインを追ったり、自分の人生とは無関係に時間をやり過ごしている。


ニートのphaさんは、ニートになったときに「とにかく人に会おう」と決めていたらしい。無職になった大人は、人と接する機会を持たないと、あっさり社会と隔絶されてしまう。それだけはなんとしても避けなくてはならない、とおもった彼は、SNSで出会った人間とじっさいに会ったりして、社会との接点を持ち続けた。


しかし、俺にはそれができない。オフ会ってなかなかできない。俺には何も与えられないからだ。がっかりさせるのはつらい。基本的には、会いたい会ってみたい、と言ってくれて俺も会いたいと思ってたひととしか会ってこなかった。
そういえば就職活動をしているときにOBOG訪問ができなかった、働き人にとって貴重な時間を独占するのに、俺は何も与えることができないと思ったから。
とか綺麗事言ってみたけど、人と会えないのって、けっきょく自分を本来より大きく見せたいからって理由もあるわけで……。がっかりさせたくない、俺のせいで無駄な時間を過ごさせたくないってのは、裏を返せば、俺には何かを与えられる可能性があるという自分への期待でもある。可能性を自ら口にすることは、問題の先送りでしかなく、可能性の実現は、俺にはついぞ訪れなかった。


うん? 「会いたい」「会ってみたい」と俺に言ってくれる人とは会うって、おかしいな? だって、会いたい会ってみたいと思ってる人のほうが、俺に興味のない人よりも俺に幻想を抱いているはずだ。幻想を抱いている人の方が、現実に出くわしたときがっかりする。俺の言ってることはあべこべな気がしてきたぞ。


つまり、けっきょく、ビビってるだけだった、と。



あと、金がないから、「会おうよ」って言えないってのもある。人と会おうとするだけで、都会は金がかかる。