ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

タンスの上の赤黄橙、対角線上、ベッドの青白黄

この部屋に備え付けの洋服ダンス、その上の天井までのわずかな空間にはいろいろなものが堆積している。上京するときに、防災用に持っていけと母が言ったから買った赤いバイクヘルメット、何が入っているのかすら忘れたけっこう大きな赤茶の紙袋、はじめて見たプロ野球の試合でテンション上って買った阪神タイガース応援用メガフォン(付き合うことになるなんて思いもよらなかった頃のあの娘もいっしょだった)、東日本大震災があって一時帰省した折に実家からもらった赤い寝袋、はじめてできた恋人からはじめてもらったクリスマスプレゼントが入っていたビームスのオレンジ色の大きな箱、その中には彼女とはじめてのクリスマスのためにダイソーで買ったクリスマスツリーとオーナメントが入っているが、あの年以来開けていない。そして、母がむかし使っていたけれど、彼女がいなくなったのをいいことに、実家から奪った赤い大きなトランク。


そのタンスがこの四角い部屋の北西の角にあって、その対角線上、つまり東南の角に、いま俺が座る青いベッドがある。ベッドシーツと布団カバーと毛布が青い。しかしそのベッドシーツはボロボロに破けていまは白いベッドマットがむき出しだ。寝具カバー・シーツの類は布は、俺の金銭感覚から言わせれば不当に高いので、なかなか新しいものが買えなかったから、ラストの一枚がこんなにビリビリに破けるまで、買い足さなかった。まあ、いまも恋人がいれば、この小さいベッドの上で肌を寄せ合うはずだから、何よりもまず先にベッドカバーを買ったはずなんだけど。
かつて白かった、ベッドマット。


このベッドの上に、母はひとりで寝たことがある。
俺の不在の間、このベッドに寝た母は、あるいはこのシミを知っていたのかもしれない。恋人ができて以来、むかしのように母と心が通いあうことはなくなった。いま俺は母にも恋人にも去られ、残るは、赤と黄と橙、青と白、そしてシミ。


この文章を書き終わる前にトイレで小便した。部屋に戻るとき、タンスの上を覗いてみたら、黒いおもちゃのキーボードが置かれていた。上京してからはじめての夏季休業中に帰省した際に、母と兄弟と俺の3人でゲームセンターに行ってUFOキャッチャーで獲得した景品。俺がもらって持って帰ってきたはいいが、電池が必要なそれは、この部屋ではいちども鳴ることなく、タンスの上でほこりをかぶっている。