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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

汚れた白にはじけるまっしろ

小学生のころ、ハサメーという遊びが好きだった。そのゲームは人気のない廊下をフィールドとした。それは、かつて生徒会が仕事をしていた教室のためだけの廊下で、校舎の最上階の端っこにあり、教室は物置になっていた。先生もめったにやってこない。「45分の休み時間」になると、仲の良い友人10人くらいでその人気のない廊下へ行き、そこで「ハサメー」した。


ハサメーとはその語感とは異なり、決してエロい遊びではない(このことばにエロい響きを感じるのっておれだけか?)。
それは野球から盗塁のみを抽出したようなゲームだった(「挟めー」ということだ、盗塁に失敗したランナーは「挟まれた」と実況されるでしょ?)。
廊下の端から端に駆けてく走者が攻撃で、彼らの走塁を阻むべく廊下でキャッチボールをするのが守備側。攻撃側は、守備側によってボールをタッチされたり、もしくは守備側の投げたボールに当たったりしたらアウトになる(狙ったか否かは問わず、投じられたボールがノーバンでランナーに当たったらアウト)。ボールに触れられる危険をかいくぐって廊下をひとり3往復できたら1点が入る、というルールだった。ボールに当てられたらアウトとなり、下の階とを結ぶ階段のところで待機となる。また、3往復した際、1点をもらう代わりにアウトとなったメンバーを廊下に復帰させるという選択もできた。運悪く足の速いメンバーが死んでいたら、彼を復帰させ、大量得点を狙いにいく、という判断もなされうる。ランナー(攻撃)が全員アウトになったら攻守交代。
守備側もわざと隙を見せるようにゆるいキャッチボールをしてみせたりする。隙をついたかのように走りだした攻撃側を出しぬいて、中継プレーや隠し玉をしたりして、攻撃側とせめぎあう。なかなか考えられたゲームだった。
ちなみに使用されるボールは軟式の野球ボールですらなく、もっと柔らかいプラスチックのカラーボールだった。おれの地元ではそれを「プーカーボール」と呼ぶ。空気の抜けたサッカーボールなんかも「プーカ―」と呼ばれた。やわらかい、みたいなニュアンスだったんだろう。


こんなにも長々とハサメーの説明をしたにも関わらず、おれの話したかったことはそんなことではなかった。
まあ、ネット上に「ハサメー」のルールを詳らかに記載した文章はなさそうだったので(おれの地元以外では他の呼び名があった遊びなのかもしれない)、それなりに価値のある記事になる可能性もあるけど、そんなことは本当にどうでもよくって、おれが書きたかったのは、その校舎4階の廊下の窓から、道路を挟んで向かい側に建つ家の屋上へと、牛乳の入った未開封紙パックを投げ落とすのがやけに楽しかったという思い出のこと。


おれは毎日の給食に必ず出てくる牛乳というシロモノが大嫌いで、いつもクラスの大食い少年にあげていた。
でもハサメーをするようになってからしばらく経って(その廊下は校舎に一カ所しかない「無法地帯」で、6年生にならないと使えなかった)、ふとひらめいた。4階から道路に向かって牛乳投げたらめちゃくちゃ爽快なんじゃないかって。ひらめいた次の日、「おいしい給食いただきます」と言わされたと同時に、未開封の牛乳パックを机の中に隠して、解放の「ごちそうさまでした」の後、掃除時間が終わったらすぐに友達とともに「廊下」へと駆け上がり、そこの窓から、思いっ切り、牛乳を投げた。
アスファルトのグレーにはじける白は、めちゃくちゃ気持ちよかった。
しかし、それはあまりにも綺麗だったから、それに気づいた誰かが学校に言いつけ、犯人探しが始まってしまう可能性があった。それゆえに、翌日から、道路を挟んで向かい側にある、家の屋上に投げ始めたのだ。
その屋上は白かったから、初日ほどの楽しさはなかったのだけれど、それでも薄汚れた白の上にはじけるまっしろはやっぱり気持ちよくって、ハサメーメンバーのうちの何人かは、それまで毎日飲んでいた牛乳を机の中に隠して、おれにつづいてその家の屋上に満タンの紙パックを投げるようになった。牛乳は卒業するまで断続的に投じられた。


これを書きながら思ったのだけれど、その家の屋上にはじけた牛乳の紙パックが溜まってったという覚えがない。毎日毎日、「牛乳投げ」に爽快感を覚えた6,7人が牛乳パックを投げていたのに、その残骸の映像が思い出せないのは不思議なことだ。


高校に入ってから、昼ごはんは弁当持参になったので、最後に牛乳を飲んだのは、中学3年生のことだろう。中学に入ってからは、息を止めて一息に飲み干せば、牛乳を飲めるようになっていた。