読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

不倫についてはゆるふわっと語れない…

困った。


ちょっと前、ある人に「不倫についてきみの思うところをブログで書いてよ」とツイッターで言われた。いま話題のトピックについておれの意見を読みたい、って言ってくれたのは純粋に嬉しかったので、どう書こうかなあと毎日合計15分くらいはそのことについて考えていたんだけど、2時間過ぎても考えはまとまらない。いつも書きながら結末を探し求めているので、そもそも考えをまとめてから書こう、っていう判断が間違っていたんだろう。しかし、それにしたって、おれは不倫について何が書けるというのだろう、いまさら。


今年は不倫がやけに取り沙汰されて、それについて多くのひとが意見していた。そのいちいちをおれは読んでいないんだけど、たぶん、たくみなロジックでもって不倫を肯定もしくは否定してみたり、「そもそも他者の性生活に世間が口を挟むのはおかしい」だったり、文春の取材力はなぜ秀でてるのかだったり、いろんな角度からさまざまな意見が提出されたんだろう。
でも、そういうの、おれにはできないんです。論理的にはなれないし、他者の性生活にはめちゃくちゃ興味がある下世話な男だし、文春そもそもあんまり読まないし。


まあ、おれに「不倫について書いてよ」と言った女性は、おれがじっさいに見聞きしたところを書いてよ、と言っていたので、それについて書けばすむ話であって、だからロジックもアクロバティックもセンテンススプリングも関係ないわけ。端的に言えば、おれの両親のあいだに起こったことについて書くってことを彼女は求めていたんだろう。しかし、おれはなぜか二の足を踏んでしまう。
父と母のことについてはこのブログでもたくさんネタにしていて、ついこないだ書いた「母のおっぱい」なんてほぼ実話なわけで、ここまで書いておいて、なんで両親の不仲・不倫問題について書けないんだって思われるでしょうが、それは下世話なおれにも僅かに残る良心のおかげだと思うんですね。


なぜ、そこで良心がはたらくかといえば、それは彼らのあいだで起こった別居問題・不倫問題は、いちばん身近にいた息子であるおれにもまったくもって理解不能だから。ストーリーには落とし込めないいろいろな彼らのエピソードをおれは持っていて、芸能ニュースのように物語化できそうにない。このブログはこう見えても(あ、どう見えてる?そもそも見えてる?読めてますかー?)、どーでもいいお話をする際にも、なんとなくゆるふわっとした起承転結は踏まえていて、それって完全にストーリーなわけです。だから、ストーリー化できそうにない、父母の問題はいまのところ語れそうにはありません。


死人に口なしとはよく言ったもので、おれはもう母に別居・不倫の話を聞けないから、よけいにストーリーに落としこむことができません。たぶん、母と父のあいだに起こったアレコレは、ぼくのこころに一生ゆるふわっとわだかまりを残し続けることでしょう。それについて1日15分考え続けていればいつかなんらかのストーリーが書けるかもしれないので、その日までこのブログを続ければいいのだろう。いつか「不倫」についておれの思うところを書くので、その日まで読んでくれたら幸いです。