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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

息を止める

息を止める。
前に立つ、おれよりも背の低いひとの髪の毛が、おれが呼吸するたびに動くのを知ったから、息を止める。
もし、おれの後ろに190センチ以上のひとが立って、彼・彼女の鼻息が、おれの薄くなっているような気がするつむじをくすぐるようなことがあったら、おれはたぶん少しだけイヤな気持ちになる。
おれはおれの前に立つひとの髪の毛を揺らしてはいけないとおもう、彼・彼女とは一生話すこともないだろうし。
だから、おれは、息を止める。


とはいえ、呼吸をしないと生きられない生き物だからおれは、苦しくなって息をする、ただ、そのときには息の仕方を工夫してみる、下唇を出して、中居正広くんが前髪をじぶんの息で立ち上げるように息をする。あるいは上唇で下唇を隠して自分の胸に呼気が当たるようにする。はたまた、スネオみたいに口を顔正面から真横に出して息をする。


とにかく人間が接近したときには、息にすら気をつかわないといけないのだ。


しかし、気をつかうという行為は、決してネガティブなことではない。
おれの昔の恋人は「好きだから気つかうんだよ」ってかわいいことを言っていた。そのとおりだとおもう。おれは、じぶんの前に立ったひとのことを好きではない、でも、同じ対象を愛しているという意味では共通点があるから、だからおれは彼・彼女を気づかって息をする。息を止める。息をする。息を止める。すぅはっは、すぅはっは。


むかーし見た『リリイ・シュシュのすべて』で、主人公がライブ会場にいったら、別の見知らぬファンになんか怒鳴られるというシーンがあった、ような覚えがある。おれはあのシーンを見てとてもかなしくなった、同じアーティストが好きで、わざわざ、同じ時間、同じ場所に集まった人間ですら、仲良くできない世界に絶望したのだ。
それ以来、岩井俊二は見ていない。



おれは、大好きなアーティストのライブでは気をつかおうとおもう、ひとつひとつの息づかいにも気を回す、おれも、そのライブを成功させるために存在するひとりのアクターなのだ。


ただひとつ問題がある。
おれの好きなアーティストは、呼吸をしているじぶんの存在すら忘れさせることがあるから、ともすると、ライブの間ずっと、前に立つおれより背の低いひとの髪の毛を揺らしてしまうということ、それが問題だ。
前に立つひとも、体の全神経がアーティストの方に向かっていることを祈るしかない。
そのために、明日もこれからも、彼女がすばらしいパフォーマンスをしてくれると、うれしい。