ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

白鵬に同情している

相撲はほとんど見たことがない。相撲の思い出といえば、ぼくが小学校高学年のころの怪我をおして取組に臨んだ貴乃花が、優勝決定戦で武蔵丸を下したあれ、例のアレ、「痛みに耐えてよく頑張った、感動した!」やつ。勝った瞬間の貴乃花の表情を見て母が「鬼の顔だ!鬼だ!」と言って興奮していたのを覚えている。


相撲は観戦しないし、もちろん知識もないので、これから書かれるのは戯れ言です。



今回の白鵬の大阪場所の千秋楽の取組と優勝インタビューでの涙、このふたつのシーンを動画で見た。
相撲を日常的に観戦しないながらも、白鵬のあのいわゆる「変化」というやつに相撲ファンが白ける気持ちはわかった。さいきんの白鵬の取組が、横綱として(力士として?)いかがなものか、って言われてるのもなんとなく知ってて、だから、これは批判されても仕方ないんだろうなあ、と思った。


しかし、あの優勝インタビュー、「変わって勝って嬉しいか!」や「勝ったらなんでもいいんか!」などといったヤジを受けてことばをつまらせ、涙を流して「本当に申し訳ないと思います、すみません」とまで横綱白鵬が言う姿を見て、ぼくは泣いてしまった。なんで、あんなに強くて努力して頂点にいるはずの男が、日本中のひとが見てる前で、泣かなくてはならなかったのか、それを考えると、どうにも、かなしくなった。


白鵬自身、さいきんやたらと批判されるから、その批判をはねのけるためになんとしても優勝しなくては、というプレッシャーとも闘っていただろう。何がなんでも、という気持ちがあの「変化」につながってしまったのかもしれない。
白鵬はきっと勝った瞬間「ヤバい」と思ったはずだ、やってしまった、と。誰よりもはやく、深いところで、自分の過ちに気づいている。


だから、ぼくは、彼に対して、あそこまでのヤジが浴びせられる必要はなかったとおもうのだ(「モンゴルへ帰れ!」というヤジも飛んでいたらしい)。確かに、彼の勝利はファンの「おもしろい試合を見たい」という期待を裏切るという形で実現してしまったし、「横綱の品格」を貶めるような勝ち方だったのだろう。でも、そのことに白鵬自身気づいている。だから、申し訳ないと言って、絶句し、涙まで流してしまった。そういうことを想像すると(あ、これまでの戯れ言はほとんど相撲に無知な男の妄想です)、どうしたって白鵬のあの涙にはもらい泣きせざるをえなかった。


おおきくてつよい男の人がみんなの前で泣いてる、これだけで同情するに値するでしょ、かなしかったな本当に。

 

 

 

あと、付け加えておくと、「スポーツなんだからルール違反しないかぎりどんなふうに勝ってもいいでしょ。白鵬を批判する奴はプロレスでも見てろよ」みたいな意見をツイッター上で見たんだけど、ぼくはそれにもあんまり与したくない。それってなんだか相撲のこともプロレスのこともスポーツのことも誤解しているような気がする(どれもこれも熱心に見たことないので大きなこと言えないんですけどね、大きなこと言ってるんじゃなくて素朴なことを言ってるつもりです)。
相撲はやっぱりスポーツであると同時に特殊な伝統のもとにある文化だし、プロレスは茶番とは違うだろうし、スポーツは勝ち負けという結果を目指しながら、おもしろいゲームをしようと共闘する営みだとぼくは思っていますね。