ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

自家薬籠中のエモ

酔っぱらわなくて済むなら、その方がマシに決まってる。きょうは友人の門出だったからそれにかこつけて飲んでしまったけど、もう、当分飲まんぞ、祝杯をあげられる日が来るまで、飲まんぞ。酒なんかに頼らんくたって、エモを自家薬籠中のもんにして、毎日かってにラリってやるのだ。


京都市立芸術大学の卒業式での学長鷲田清一の祝辞がよかった。そこから、彼が考える「芸術」の定義のようなものを以下に引用。

芸術は何か人びとの鑑賞にたえる美しいものを創り上げる活動というよりは,日々の暮らしの根底にあるべき一つの〈態度〉のようなもの

 
これはすばらしく希望のあることばで、このことばがあることで、おれは明日も生きられる。このことばに出会わなくたって、おれはあいも変わらず生きていたんだろうけど、でもまあ、そうやって言いたくなるほど「エモい」気持ちにさせてくれるのがこのことばだったんよ。芸術は活動ではなく態度である、とするなら、おれのような人間だって、いままでよりももう少し気高く生きれる気がする。

 

酒にもタバコにもドラッグにも頼らず、日々の暮らしの中で「芸術」を態度し、エモく、ひたすらエモく生きていくのだ。