ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

きみは母の頭を撫でたことがあるか?

大阪環状線に乗って新今宮に向かう。おれが乗った駅のつぎに停車した駅で、2人の男女が乗ってくる。男女はきっと、母と息子だ。
息子は知的障害者だった。これは、単なる印象なんだけど、知的障害のある男の人って、体が大きいイメージがある、彼も大きかった、身長は日本人男性の平均と変わらないくらいだけど、ガタイがよかった。母親はいたってふつう。
息子が何歳くらいなのかは、見当もつかない。20歳は超えてないのだろうか。全然わからない。濃い青のトレーナーに、下は薄い青のジーンズ、坊主頭で肌は白い。
おれが大阪に到着したその日は、春を先取りし過ぎて、初夏の陽気だった。


息子が知的障害なのは、言動や外見でわかる。


彼は車窓から見える何かの看板を見ては静かな車内では目立つ大きさの声を発した。車両はやや混んでいて、その親子も、おれも、立っていた。彼の近くに立っている若い女性たちは、彼の一挙手一投足を、スマホを眺めながらも気にしているようだった。おれは、荷物で両手塞がってたから、スマホを見ることもできず、大阪の町並みを見ながら、目の端でずっと、彼を注視した。


とつぜん大きな声を出したり、つり革を揺らしてみたりするほかは、特に目立った行動にでるわけでもなかった彼はふいに、母親の頭を撫でた。破顔と言ってもいいような微笑みを浮かべながら、息子は、じぶんの目線よりも低い位置にいる母の、白髪交じりの黒髪を、丁寧に撫でた。犬をブラッシングするより優しく、恋人の頭を撫でるよりも激しく、息子は母の頭を撫でた。その行為は10秒続いたあとで止み、1分くらい経つと再開される。
息子の手のひらを意に返さず母は、何かを喋りかけたりしていた。おれは、その光景に驚いて、彼らのことばのコミュニケーションは耳に入れられなかった(そもそも息子が何を言っているのかは、彼とはじめて遭遇したおれにはわからなかった)。


新今宮よりも前の、どこかの駅で、彼らはそろって下車した。ずっと目の端で彼ら親子を捉えているつもりだったおれは、彼らをじっと見送っていた。






母の手をひさしぶりに触る。ひさしぶり、なのは確かだけれど、最後に触ったのがいつだったのかは覚えていない。うんと幼いころだろう。
幼稚園から小学校に上がるくらいのころ、家族みんなでジャスコに行ったとき。トイレから出たおれは、外で待っている母の元に駆け寄ってその手を握り「ゲームセンター行こうよ」とねだった。しかし母から反応がない。不安になってその顔を見上げると、そこには見知らぬ美人なお姉さんの微笑みがあった。
母は少し遠くから駆け寄ってきて、ほんとうに申し訳なさそうに「すみません」とそのお姉さんに謝った。
おれの記憶する母の手の感触は、綺麗なお姉さんの手だったので、ひさしぶりに触った母の手は、はじめて触った母の手だった。


はじめて触った母の手は、体つきのわりにがっしりとしている。骨太だ。母の手はつめたく、死んでいるべき体温だけど、機械のおかげで、それから3日間生きながらえる。
その手はとても寂しげだったので、おれは兄弟と相談して、家から、彼女が生前はめていた、サファイアとダイヤモンドの入った指輪を持ってって、その指にはめてやった。兄弟の上京に際して着いてきた母が、銀座で買った高そうな腕時計も巻いてやった。
おかげで、おれはその手を握り続けられる。おばたちは、母のマニキュアが新しいことに涙している。なるほど、そういう見方ができるのは女性らしい。


骨太の母の手の骨は残っていたっけ。骨盤だけを、やけに覚えている。





知的障害の息子は、いつまでその手で母の頭をなでてやるのだろう。
母の顔は、べつになんともない、無表情と名付けるのもどこか違う、いたってふつうの表情をのせていたけど、そういう顔だったがゆえに、おれはその顔に、どこかうれしく思っている彼女の気持ちを想像してしまった。

おれは母の頭を撫でたことがたぶんない。これからもない。