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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

いつかこの渋谷を思い出してきっと泣いてしまう

東京、東京はどこにあるんだ。


渋谷、学生時代通っていた街。いまでも週に3,4日は訪れる。いつからか、リアル「マリオカート」をやってる外人をよく見かけるようになった、とはいえ、亀のこうらやバナナの皮やらをばらまくわけじゃなくって、スーパーマリオのキャラクターのコスプレして、公道をゴーカートで走ってる。あれって、ああいうレンタカーサービスがあるんだね、ついこないだはじめて知った。そりゃそうか。
アレ見てるとなぜかあんまり良い気がしない。宮益坂下でリムジンに乗り降りする大学生連中と比べりゃだいぶマシだけど。なんでだろ、ゴーカートに乗ってる人たちの表情がどこか居心地悪そうだからかもしれない。余計なお世話だよね。

渋谷、おれが日常的に行くようになってから、何が変わっただろう。東横線の駅は、ぜったいにむかしの方がよかった。先頭車両に乗れば、すぐに改札から出られた。夏の東横線旧渋谷駅ホームがなつかしい。さいきんリニューアルしてできたmodiは好き。modiができて、あの公園通りとファイヤー通りのつくり出す三叉路が、以前にまして都会っぽくなった気がする。冬の似合う景観になった。夏が来たらまた印象変わるかな。

公園通りを上がったところにあるスタバで、芥川賞作家又吉がパソコンに向かい合ってるのを見たことがある、もしかしたら「火花」書いてたのかも、あのとき。

めっきり、神南の方には足を運ばなくなった。ストレスによる過食で太ってしまってからというもの、いつか痩せたら高い洋服買おう、と決めてしまって、それ以来行かなくなった。とはいえ、今ではあの頃よりだいぶ痩せたから行ってもいいんだけど、いまは財布の中身がやせ細ってしまって、とても足を運べなくなった。

スペイン坂にあるスペイン料理屋が好きだ、父と、母と兄弟と、恋人と、友人と、行った。受験のために上京したとき、スペイン坂スタジオにあったフリーペーパーを持って帰ったのを覚えている。ベイビーブルーのワンピースを着た北乃きいの写真が表紙だった。こないだ潰れたシネマライズ、数えるほどしか行ったことなかったけど、雰囲気好きだった。

センター街は通過点で、あの辺に用はない。恋人がいたときは、フォーエバーやZARAに行く彼女についてってたかな。あ、ブックオフはよく行く。

スクランブル交差点にこれといった思い出はない。ワールドカップの盛り上がりやハロウィンの乱痴気騒ぎを見物したりはしたけど、本当はおれもあんなパーリーピーポーになりたいのか彼らを軽蔑しているのか今でもわからない。
スクランブル交差点を見下ろすツタヤにはずいぶんお世話になっている。あのツタヤのせいで今のおれがあると行っても過言ではない。明日も返却するもんがある。

円山町のラブホテルに入ったことはない、その近くにあるユーロスペースシネマヴェーラ、いまはなきオーディトリウム、そして地下には何度も何度も行ったけれど、あそこのラブホテルとは縁がない。道玄坂にあった会社にいっときインターンとしてお世話になった。就活に専念したいから、と言って、来週の勤務で最後にさせてください、ととつぜん言った、1年前のこと。みんな良くしてくれたのに、恩を仇で返した。


道玄坂の反対側、宮益坂はよく通った。あそこの郵便局に何度も何度も履歴書を持って行った。消印有効に間に合わせるために急いで行った、夜の郵便局には、おなじような就活生らしきひとたちばかりだった。かれらはいま、どんな仕事をしているのだろう。

 


なんか、本当は東京の、印象深い街を振り返ろうと思っていたんだけど、渋谷のことだけでだいぶん書いてしまったのでこの辺にしておこう。


こないだ終電も近い時間、渋谷駅西口前と桜丘をつなぐ、246を跨ぎ首都高の裏を見上げる歩道橋の隅っこに、小さいキャリーバッグを横に置いた、還暦近そうなおばさんが、東急プラザ跡地の再開発現場を、ボーっと突っ立って見ていた。去年死んだおれの母は、2年前、誰もいなくなった実家にひとり戻るのがイヤでさびしくて、東京を1ヶ月くらい放浪していたのだけれど、そんな母を、あのおばさんに重ねて勝手にちょっぴり感傷的になった。

 


大森靖子ニューアルバム『TOKYO BLACK HOLE』を聞きながら)