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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

「おつかれさま」

めちゃくちゃだるい。花粉症のせいか、副鼻腔炎の症状が悪化していて、今日一日ずっとだるかった。薬を飲んで仮眠をとってもいっこうに良くならない。プールで小一時間バシャバシャしてプールサイドに上がったときのような倦怠感が一日中続いてる。砂浜に打ち上げられた「死んだ魚」のような一日、生臭いけだるさ。もういやだ。


花粉症なのに仕事しているひとには、本当に頭上がりません。生理痛をこらえながら働いている女性たちにも、頭痛持ちの人にも、胃腸の弱い人にも、痔のひどい人にも、彼らが働いている限り、ぼくにはもう何も言えることがありません。えらいと思います。おつかれさまです。


前、友人に「おつかれさま」って言ったら彼女は「自分のだけのためにやってるのに、きみに『おつかれさま』って言われると、何か変な感じする」って返してきたけど、ぼくは「えらいね」って言う代わりに「おつかれさまです」って言ってたんだろう。「えらいね」って上から目線な感じするしなあ。自分のために頑張れるのはえらいことですよ。自分のためにすら頑張れない人っているんだから。



冒頭、ぼくが今日一日感じていた倦怠感をどう表現したらいいのか迷ったあげく、「プールから上がったときのような」とか「打ち上げられた死んだ魚」とか言ってみたわけだけど、こういう倦怠とか疲れとか痛みとか、誰とも共有できない感覚、客観視不可能なものを、どうやって伝えるか、ってのが、文章を書く醍醐味なんだろうなあ。「~のような」って比喩表現はけっきょくのところ、その感覚をぜんぜん伝えきれていなくて歯がゆい。伝えたいことなんてない、っていつも言ってるけど、こういう苦しみについてはガンガン伝えていきたいなやっぱり。


伝えていきたいと同時に、理解しなくては、とも思う、あなたの頭痛、腹痛、痔痛(?)、生理痛、倦怠感、ぼくにはいっしょうわからないわけだけど、わかりたいです。いまは「おつかれさま」としか言えないけど。




これで終われればよかったんだけど、できなかった。
ぼくは、大切な人のつらさくるしさを理解して、じぶんも同じだけどがんばろうとか、その人のつらさくるしさを肩代わりしてあげようとか、「おつかれさま」って言う代わりに行動するってことを、してこなかった。「おつかれさま」って言えば、愚痴を聞いてやれば、そういうことだけしてれば良いと思ってた。
でも、そうやって「おざなりの優しさ」を提供し続けた果て、大切な人に「きみは私に優しかったけれど、私のことを大事にはしてくれなかった」と言わせてしまった。



だるくってしょうがないのに、タイプし始めたらこんなに書いてしまった。NHKの「空中散歩」という番組で、空撮された沖縄・奄美の島々と海が垂れ流されている。歯磨いて寝よ。


そういえば、ぼく自身は、おつかれさまって言われたことあったかな。