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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

「あの頃はさ、本当どうかしてた、運がよかったよ」

「あの頃のおれはどうかしてたんだよな。毎日何やってたんだろって思うよ。まあ何もやってなかったんだけどさ。でもおれだってこうやって今でも生きてて、運が良かったよ。うん、本当に。

大学卒業しても何するわけでもなくってさ、まあ周りのやつらには『夢があるから』とかウソついてさ、親にもそう言ってたよ。父親はおれたち子供とちゃんと向き合えなかった後ろめたさがあったから、なんとか挽回したくって罪滅ぼしのようにおれの夢を応援するだから援助は惜しまないって感じだったんだ。おれはその父親の気持ちを利用してさ、何にもしてないのに仕送りもらい続けて……。東京でひとり暮らしも継続してて、親の目には入らないわけよ、朝までダラダラ起きて夕方に目を覚ますような生活しててもさ、誰も注意しないし咎めない。大学卒業したから当時の友人とも疎遠になって、もう全然だれとも付き合いがないから、おれはじぶんが異常なんだってこともわかんないわけ。こわいよあれは。孤独に慣れすぎて人生のこともようわからんくなってた。何にも考えられなかった。


大学卒業から1年くらい経った頃に、母親が死んだんだよな。それでさすがにおれも重い腰を上げて……とはならなかったんだよ、マジで、最悪だよな。親が死んだらさ、さすがに一念発起しそうなもんじゃん。石田衣良だっけ? 池袋ウエストゲートパーク書いた人。読んだことないけどあれドラマはすげえ好きだったなあ。小学生の頃あれの窪塚洋介のマネ学校でしてたよ。『ねえ、なんでそういうことすんのお? ねえねえねえねえねえくぇッ!』とか言ってさ。フゥーッ!

 

話それちゃった。
なんだっけ……ああ、そうそう、IWGPの原作者の人は親が死んだからフリーター生活やめて就職したらしいんだよ。そんな話を聞いたことあったからさ、むかしの友人にたまに会ったら『親が死んだらさすがにおれも働き始めるんだけどなあ』なんて冗談抜かしてたんだけどさ、母親死んでもおれなんも変わんなかったんだよ。それはすごい悲しかった。結局さ、変わるキッカケが外から来ることを待ってる奴なんて、いつまで経っても変われねえよ。あの頃はただただショックだった。


ダラダラしてるわけにゃいかねえっつって、とつぜん奮起して派遣バイト始めてみたりとかしても全然ダメだった。社会のサイクルから離れすぎてて、戻ってみてもすぐに尻切れんだよな。体力も気力もなくって。毎日本当になんにもしてなかった。ずーっとベッドん上にいたよ。メシ食うのもテレビ見んのも本読むのもぜんぶベッドん上、いっちばんクズだった時期は、小便もペットボトルに入れて、立ち上がったときついでにトイレに流しに行ってた、とはいっても、うんこはさすがに便所でしてたよ、その辺のせんびきはあったんだなあ。あと、外に出るときは絶対にシャワー浴びてた。なんでかそれだけはやってたなあ、たぶん、他人からだらしないやつだって思われるのだけが嫌だったんだろうな。妙にプライドが高いんだよ。それもニートになる原因だわな。しかもプライドの高いニートって年取れば取るほど社会復帰できなくなるわけよ、だって周りの人から『コイツいい年してこれが初めての仕事かよ』とか思われるだろうって簡単に想像つくわけ、そりゃあじぶんのせいなんだからそれくらい我慢しろって感じだよな、おれだって今でこそそうおもうけどさ、プライドの高いニートは本当そういうのが我慢なんないわけ、そう、救えねえんだよ。だから周りから人も離れてく。救えないってつらいことだからさ。私には俺には彼のことを救えない、っていう無力感? あれはたぶんつらいと思う。だからさ、ある種のニートは金銭面とかそういうの置いといても、人に迷惑かける存在なんだよ。じぶんにとって大切な人に迷惑をかける存在。


そんなおれがいまこうやって普通に生きていられるのは本当に運がよかったとしかいいようがない。そもそも気づいたらこうなってたんであって、だから運がよかったとしか言えないでしょ? なんも覚えてないもんおれ。どうしてしあわせになれたんだろうね、え?」





 

 

 

この状況から脱するための想像力はなく、行動力も、気力もない。なんの力もない。力に頼っちゃいけないんだろう。こうやって頼れるものがひとつひとつ削られていく。周りの人たち、キッカケ、力。「頼る」って考えがいかん。やらなくてはならないことをひとつずつこなせ、そしたら、彼みたいに「運がよかったよ」って言えるはず。なんも覚えてなくたってしあわせになれりゃあいいんだろう。え?