ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

ぐちゃぐちゃアルペジオ

おれはギターが弾けない。ギターは持っている、けど、弾けない。
高校3年間、大学2年間、なんかしらのコピーバンドを組んでいつもギターボーカルの位置に立っていたけれど、それでも弾けない。練習はあまりしていない、弾けるわけがないのだった。
未だに耳だけでチューニングすることすらできない、もっと言えば、弦の張り替えだっておぼつかない。耳でコードを探すなんてことも満足にできない。たまに思い出したとき、錆びた弦、ホコリをかぶったボディーを鳴らす、不憫なギター、不憫なメロディー。


いちばんの挫折理由はミュートができないことだったとおもう、いくら工夫してみてもアルペジオがうまくならない。録音して聞いてみると前の音が今の音に重なり今の音が後に重なる、粒だって聞こえることなく、ぐちゃってなったその旋律(と便宜上、そう呼ばせてください)を聞いていると練習する気が失せるのだった。
曲のコードを覚えて弾き語りくらいならできるけど、おれがやりたかったのは、彼女に「あの曲歌って~」って言われてその場でコードを拾って即弾き語るってやつだったから、ネットから拾ったコード進行を暗記して「いざ弾き語るからいざ聞け!」なんてのはやらないのだった。


元々、ギターを手にしたのは、バンドやるにあたってリアム・ギャラガーのように後ろ手に組んで歌うような勇気はなかったから手持ち無沙汰だしギターを持つか、って感じだったので、こうなるのも必然。
っていう言い訳をいつもしてたんだけど、先にも言ったように、彼女ができたら、彼女のリクエストをすぐにおれのギターと歌声で叶えるってのがずっとやりたかったので、言い訳は言い訳ですらなかった。


アルペジオがうまくなることはありえなくても、耳でなんとなくコードを探って曲を弾き語るってのは、慣れればできるような気もしている。実際そうやって弾けるようになった曲も2,3曲あった、今はもう覚えていないけど。まあ、いまさらそんなことやったって仕方ないよなって気がして、ずっとやってないのだが。

 

おれに逃げグセがついたのは、ギターがきっかけだったと思う。ギター弾けねえからバンドを思い切り楽しめなかったから、じゃあ趣味変えよ―、って小説を読みだしたり、映画見だしたり、そんなことしたけれど、そこにもやっぱりおれは馴染めなかった。馴染む努力ができなかった。


いや、逃げグセがついたのはもっと前のことで、中学生時代の部活動かもしれない。準レギュラーみたいな中途半端な位置に甘んじて、上に行くこともせず、なんとなく「明日から頑張ろ」とおもう金曜日の放課後、そんな日々がいままでずっと続いている。ずっとずっと。




おれはすべての音をきちんと粒立たせるってことを、これまでの人生でいちどもしてこなかった、部活も趣味も恋愛も就活も友情も家族もぜんぶテキトーに弾いては捨て弾いては捨てた、あれがダメだったからこれ、これもダメだったからそれ、次はどれ?ってなっちゃってるのがいま、次に弾きたい弾くべき弾かなくてはならない弾いてもよい弾いたらいけない音がもうわからないし確かめようともしていない。



そして、きょうもまたブログを書かずに寝てしまいそうになった。そんなのはイヤだから、錆くさい指でタイピングした。黒いギターに反射した俺の顔はやっぱりあの頃より老けている。

このブログはいつか綺麗に粒立ちますように。