ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

おれの外部が想像できるか?そもそも、想像したいか?

いま酔っぱらってる。キリッと濃いめのトリスハイボール350mlが安くて、ついつい飲み過ぎてしまう。ひとりでいると、酒を飲むスピードにブレーキがかからないのでいきなりスパートかけてしまってすぐ酔っぱらっちまう。とはいえ、酩酊するほどの量を買う金はないから、ブログを書けるほどの酔いで収まる。率直に言って、この収まり具合がおれの閉塞感の原因だと思っているんだけど、そんなことないかな?

 

きょう、今までのじぶんを徹底的に糾弾してくれる上にめっちゃかっこいいことばを見つけたんだけど、ここには書きたくない。おれにとって、もっともっと大切な人たちが確実に読んでくれる場所にしか書きたくない。
とはいえ、一部のムカつく人たちとはその言葉を享受したくないからここには書かないだけで、おれのブログを読んでくれて、おれのツイートをたまにふぁぼってくれる方々には伝えたいとも思っている。しかし、おれのことをさほど重要に思っていない人たちにおれが一方的に好意を寄せておれが気に入った言葉を紹介するのは「重い」と言われるたぐいの行為なのかもしれないので、やっぱりやらない。会ったこともない人たちや、日常を多少なりとも共有したことのない人たちに依存したらさすがにダメよね。あと、ヘタに人間関係を築いてしまうのは、おれにとってもマイナス。せっかく好きだった人に一気に近づいたがために、彼・彼女のイヤなところに気づいてしまって、彼・彼女じたいを嫌になるのはイヤだし。


前のブロックで「もっともっと大切な人たち」がおれにはいるんだよ、って示唆したけど、それがおれにとって精いっぱいのマウンティングなんだ。滑稽でしょ。

このブログを読んでくれる人たちよりも大切な人なんて本当にいるのか、甚だ怪しい。おれは、そういう存在を仮定しないとぽっきり折れてしまうほどに追い詰められているだけなんじゃないか。このクソみたいな文章を読んでくれてるあなただけがおれの救いですよありがとう。

 


おれだって炎上とかしてみたいんだけど、倫理観だけはちゃんと育まれるているから、ヘタなことは言わないんだよ、キルアがイルミの刺した針を抜いたときのように、おれにその倫理の針を抜くことができたなら、事態は変わったんじゃないかなっておもう。針がどこにあるのかわかんねえんだよ。クソ。
俺に刺さった針は、倫理観を支えるものじゃなくて、臆病者のツボを押すものなのかもしれないなあ。


全部書いてから決めているブログタイトルは、ハナっから結論を言っているかあるいはもっと彼方に行ってるか、はたまた見当はずれのものになっていると思います。こんなワケの分からない文章を読んでくれているひとだけがおれの支えです、ありがとうございます。という甘え、と言ってしまわずにはいられない、甘え。もうイヤ……。