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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

水鳥を、白猫を、見るよに彼を。

深い夜に着水した水鳥が立てた波紋、夜闇に紛れた白猫がふてぶてしく揺すぶり落とした木の葉、世界が少しだけ変わった瞬間。彼らを岸辺から見つめる男、彼は世界に何の変化も与えられない。いや、彼だってきっと世界のどこかしらに波紋を投げかけている、彼の存在が誰かしらの心を波立たせた瞬間は確かにある、彼をそのことを知っている。彼はそのことを知っているのだけれど、その実感は得られない。だから、彼はまた孤独を深くする。世界が彼に呼応してくれる気配はない。


彼は小石を、底知れぬ池に投げかけてみる。水鳥が浮かんだときのように波紋は広がったが石は沈んでいった。彼は、世界に変化を与えた。足元にあった石ころを、水底に投じたのだ、確かに世界は少しだけその様相を変えた。だけど、彼はそういうことがしたかったわけじゃなかった。水鳥は、白猫は、意図せずに世界を変えた、彼らは別の目的を持ってて、あるいは気ままに過ごしてて、それらの余剰として水面をゆらゆらさせ、葉っぱをひらひらさせたのだった。男はゆらゆらやひらひらを最初っから目指していた。それじゃダメなのだ。


とはいえ、男は生きてしまっているだけで世界は少しずつ変えている。彼が飯を食らうことでスーパーの陳列棚からひとつ食物が消えお金が回っていく食物を変換して排泄して流すことで便器を汚し浄水場の仕事を増やしてる。彼は世界を少しだけ食らい世界に少しだけ食らわれている。世界を確かに変えている。でも、彼はそれじゃあ満足できない。なぜって、彼が水鳥を、白猫を、見つめていたように、彼の食らいを食らわれを見てくれる人はいないから。


鼻孔にたまった花粉でくしゃみを鳴らした。溜まった洟水をすすり、口からそれを足元に吐き出した。持っていた缶コーヒーの残りで、その洟水を排水口の方へと促し、男はベンチから立ち去った。



女はいつもよりはやく起きた朝に飼い犬を連れて散歩へ行きベンチに腰かける。リードの先では犬が熱心に地面の舐める。男はいびきをかきながらきょうもまた悪夢を見ている。男はきょうもまたその夢をはっきりとおぼえているだろう、夢だけがいつも彼を見つめるから。