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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

就活という通過儀礼の前で立ちすくみ続けています、救って。

2月10日、語呂合わせで「ニートの日」などと言われているらしいけど、みなさんいかかがお過ごしでしょう。明日は建国記念日でお休みだそうで。
15時から19時半までの昼寝から目覚めると、遠くへ転勤した大学時代の友人から「飲もうよ」とLINEがきていて、はて、なんでコイツは東京にいるんだ、と考えて明日が祝日だとニートのおれは気づいた。
ニートには、喜ぶべき休日がない、かといって毎日がお休みハッピー!かと言えば、そんなことはなくて、人目を避け、働いていないじぶんを情けなく思いただただ眠ってばかりの日々。

友人と居酒屋で何を話すでもなく飲む、勘定は彼に多めに払ってもらう、明日は面接があるんだと嘘をつく、こんなかなしい嘘、彼だって気づいているはずだけど、何も言わない。


せっかくニートの日だし我が身を振り返ってみると、おれがこうなってしまったのには、かんたんに言ってふたつ理由があって、まずひとつ目に学生時代から働くのがイヤでろくにバイトもしていないこともあり、だから労働がわからないってのが挙げられる。この辺は前にもブログ書いている
この労働がわからないから働かない、労働がわからないまま年だけ食って社会に出るのが怖くなる、自信を失った彼はまた労働を延期する、というサイクルはどのニートにとってもある程度共感できるんじゃないかと勝手に思っている(ニートの問題は、自信がないから社会と接点を持てず、情報交換ができないため、すべてが憶測になってしまうことだ。認知の歪み?みたいなのが起きてますますひとりで悩み泥沼にはまっていく)。

そして俺固有の問題としてもうひとつ、すぐに思い浮かぶ理由を言うと、新卒就活時に入りたかった業界を選びすぎたというのがある。おれは出版業界に入りたかった。なんでかわからないけど編集者になったり、あるいは作家になったりして、じぶんの知識と文章で勝負する、そんな世界に憧れていた。
大学生の頃はいまよりもいくらか真面目にエントリーシートは出してて、いくつかの出版社で面接をさせてもらったりもしたけれど、面接になるとからきしダメで、ぜんぶ落ちていた。箸にも棒にもかからないみたいな一年目の就活が夏にさしかかるころだっただろうか、おれは、留年して力を蓄えて来年またがんばろうと思うようになっていた。幸か不幸か親友も来年就活すると言うので彼といっしょにあっさりと留年を決めた。

話は少し迂回するが、こないだ島田裕巳の『映画は父を殺すためにある』を読んだ。父殺し(父を超える)とは通過儀礼である、これをこなすことで大人になれるというものだ。通過儀礼は人生の各段階で訪れる、いちばん思い浮かべやすいのが成人式だろう、現代では就職活動が大きな通過儀礼になっていると言える。
多くのアメリカ映画はこの父殺しを主題に据えていると島田は言う。父・ダースベイダーと闘うルーク・スカイウォーカーが代表的な父殺しだ。他にも『愛と青春の旅立ち』や『いまを生きる』といった作品では、父を超えられずじぶんの望みが叶えられないことに絶望した若者の自死が描かれている、つまり通過儀礼の失敗は死をも招く(少なくとも映画の中では)。

島田が言っていることでニートであるじぶんの胸をもっとも打ったのは「通過儀礼には期限が必要である」という言葉だった。与えられた期間内に試練を乗り越えるというルールがないと子供はいつまでもその試練の前で立ちすくみダラダラとモラトリアムを過ごしてしまう。
だから、おれの就活延長という決断は、致命的なミスだった。家庭の経済状況が許し、親も子の夢を応援するという寛大さを持っていたのは幸運だったけれど、おれはじぶんのじぶんに対する甘さの見積もりを誤っていた。試練を超えられるような気がいつまでもしてこないおれは、えんえん通過儀礼を先延ばしている、それが現状だ。

もちろん就活一年目の頃よりは読んだ本の量も増え、映画もいくらか見て、知識を蓄えているつもりだったけれど、そもそもおれは漠然とした憧れで出版業界に入りたいと思っていたので活動には身が入らなかった。本を読み映画を見ることは出版業界で働く上で必須だと考えていたから並の人よりもやらねばとやっていたのに、いつの間にかそれらの行動自体が目的になっていて、当の出版業界に入るという目標は、モラトリアムの延長のダシに使うようになっていた。おれがいま他の業界に目を向けずに本を読んだり映画を見ているのはいずれ出版業界に入るためであってサボっているわけではない、周りの人間にはそうやって言い訳をして何も言わせなかった。まあ、こじらせたってわけ。

しかし試練を乗り越えるための武器は磨いても磨いてもそれに勝る人は右にも左にも後ろにも前にも大勢いていつまで経っても、これならば勝てると思える日は来ない。だから昨日も今日も明日もずっと武器を磨いている、いつしかだらだら手元にある武器を磨いていてもなんだかんだ生きているし、じゃあもうこれでいっかとなる、使われない武器が手元でいつも鈍く光っている、こいつに殺されるのはむしろ、おれだ。


いまは別に出版業界に入りたいとは思わない。入ったら入ったで楽しめそうだとか思うけれど(甘いですよね本当に)、むかしインターンで入った出版会社で働く人たちの働きぶりを見ているおれは、あんなこととてもマネできないと思うばかりだ。しかし、どこかで、この数年間を棒に振った試練を後にするのはもったいないなどと思ってしまう。いままでおれがぐうたら過ごした時間を、本当の意味でムダにするのが恐いのだろう。


現在進行形の問題を書くとこうにもうまく言えないもんかと歯がゆいです。はやくこの日々が過去になってくれればとおもうけど、そうするもしないもおれ次第なんですよね。なのに、まだ、誰かに救われたいとおもっています。