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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

じぶんの内にいる鬼

節分でしたね。小さいころは、鬼の面を被った父に思い切り大豆投げつけてましたけど、門扉から出てその背中が見えなくなるまで、投げ続けましたけど、いまはひとり暮らしニートなので、さみしく恵方巻きを食らい、申し訳程度に落花生をまきました。落花生だと、床に落ちてても剥いて食べれるんでね。

しかし、私事なんですが、つい1週間ほど前に恋人と別れまして、もう福が欲しくてしょうがないわけですよ。
だからきょうは家の中で、「福はー内、ナツもー内」って落花生ほうりました。
ナツって元カノの名前なんですけどね。ええ。ベッドの上に落花生まきました。


渡る世間は鬼ばかりとはよく聞くものの、世間と没交渉なぼくにはその言葉の意味がようわかりません。まあ孤独がつらかったんだろう清原和博さんも、暴力団なんかと仲良くするしかなくて足元見られて薬物に手を出したんだろうなあなんて想像すると、やっぱりお豆5つ分くらいの同情はしてしまいます。ただ、世間と没交渉ニュートラルなぼくには、もうあんまり孤独ということもよくわかっておりません。


父と母は長らく別居していましたが、さいきん彼らは死別いたしました。長らく別居していたこともあって最後に家族揃って豆まきをしたのは、末の兄妹がまだ小学校高学年くらいのころでしょうか、ああそれくらいまで豆まきできてたんなら、ぜんぜんオッケーだなあ。うんうん。

とにかく、鬼はね、渡る世間なんかよりも、内にいるんだとぼくは思うんですよ。内、それはもちろん家庭内でもあるんでしょうが、鬼はもっともっと内側におりますよ、そうです、ぼくらの心の中です。その中でも、孤独、という鬼がいちばん恐い。こいつに目ぇつけられたら最後、自分の目がラリってしまうわけですよ、清原さんみたいに。

じぶんの内側の鬼がいっちばん恐いから、ぼくらは歳の数だけお豆をいただいて、ウンチと一緒にお豆をお流しするんですね。

歳の数だけお豆を食べるってのはおもしろいですね、歳を重ねるごとに、じぶんの内側に鬼が増えていくんでしょうか。なんなんでしょうね。来年もお豆食べられたらいいなあと思います。あ、下ネタじゃないですよ。