ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

さいきん

最近はじめて「カイジ」を読み始めた。

 

賭博黙示録 カイジ 1

賭博黙示録 カイジ 1

 

  

「鉄骨渡り」にマジで手に汗握ってしまった。人はみな孤独に自分の前に浮かぶ鉄骨の上を歩いている。それぞれの鉄骨から離れることはできず、我々は互いに支え合うことは不可能かもしれない。けど、隣のアイツも孤独と恐怖に震えながら歩いてるんだと気づくだけで、人生は幾分マシになるんですね。人間みな孤独、という点でしか我々は共感しあえない。自分の鉄骨は自力で渡りきるしかない。声をかけあうことしかできない。

利根川の言う、コイツらは命がかかった場面でも真剣になれないんだ、みたいなセリフに落ち込んだ。俺もそういう人間だから。

カイジはコマ割りが決まりきっていてテンポがよくサクサク読めるのもいいっすね。

 

フランク・キャプラ素晴らしき哉、人生!』をはじめて見た。

2週間くらいかけてゆっくり見てしまった。こういういわゆる「名作!」みたいなの全然ちゃんと見てないから今年中にサクサク見ておきたい。

ダンスフロアが割れて地下のプールに落ちるとことか、レコードの回転を利用して肉を焼いてるのが良かった。あと川への飛びこみ姿勢がすばらしい。

フィルマークスで他の人の感想を見てたら「ラストの天使とのくだりが最高におもしろいんだけど、そこに至るまでが長すぎる」というのがいくつかあって共感できなかった。ジョージ・ベイリーという男が「出発できない」という主題がおもしろいのであって、「人生はすばらしい」なんて物語だとは思えない。

 

今日は履歴書を送り、部屋を軽く片付け、洗濯機を2回回し、請求書を郵送し、コンタクトレンズを買って、ツタヤの返却に行った。山田太一脚本「岸辺のアルバム」を4話まで見たんだけど最高におもしろい……家父長制が完全に死に絶える寸前を生きるお父さんは、会社で戦後世代の若者の突き上げに心痛める。その一方で家に閉じ込められたお母さんは見知らぬイケメンからかかってきた電話に心ときめかせ、「浮気のご提案」にドギマギしている。小島信夫抱擁家族』みたいなお話を、テレビドラマでやっていた時代があったんだなあ、すげえ、と思いました。《抱擁家族岸辺のアルバム家族ゲーム》って感じになるのかな。

 

ソニックマニアのタイムテーブルが出た。

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D.A.N.とカサビアン電気グルーヴと!!!が被っていて、かなり落ち込んでいる。リアム・ギャラガーは楽しくなるんだろうか、不安。俺の高校生時代、最大級の後悔のうち2つはオアシスとエルレガーデンを目撃できなかったこと。

パフュームはじめて見ることになるので楽しみだ。でもけっこう早くから待機してないと見れないんだろうなあ。

翌日のサマーソニック1日目は大森靖子が出るので行きたかったけど、金もないし体力もないので無理だろう。行くことになったとしても、カルヴィン・ハリスと欅坂と佐野元春の被りもしんどかっただろうな。

 

 

ラスベガスに行きたかった

近所のビリヤード店が潰れた。大学時代、友人と通っていた店だ。

 

友人のチヨダをビリヤードに誘った。チヨダはからきし素人だった。俺は中学生の頃からたまにビリヤードをしていたので、ルールや基本的な打ち方などは身につけていた。

暇を持て余した俺たちは最低週1でそのビリヤード場に行くようになった。なんでも比較的器用にこなすチヨダはすぐ上達した。

 

何度も通ううち、俺たちより年下の従業員プロハスラーが声をかけてくれるようになった。大学では絶対に友人になれないタイプの男だ。切れ長の目、さらっと流れる茶髪、ほっそりした手足、色白、スポーツマン……。何を考えているのか分からないタイプの人間だった。親身にアドバイスをしてくれるが、本当は俺らを小馬鹿にしてるのかもしれない。そういう疑いの眼差しを向けてしまうのは、彼がすこぶる魅力的だったからだ。こういう男にカンタンに籠絡されては男がすたる。だから優しくされると反動で頑なになってしまう。俺が女だったら当然彼を好きになってしまう。

 

俺とチヨダは、年下のプロハスラーに言われるがまま、ビリヤードの大会に出るようになった。そのビリヤード場に通う面々でチームを組みリーグ戦に臨む、近隣の各ビリヤード場を転戦するのだ。ホームアンドアウェイで1シーズン終えるのに4ヶ月くらいかかっただろうか。このリーグを勝ち上がり、決定戦のリーグでも良い成績を残せばラスベガス大会に出られるという触れ込みだった。
アメリカに行ってみたかった。

俺とチヨダは「研修旅行でアメリカに行ける」という特典に食いついて同じゼミに入ったのだが、その特典は俺たちの代から無くなってしまった。

 

チヨダとの実力差は明らかに開いていった。彼は凡ミスも少なくないが、勝負強かった。それゆえに、凡ミスもむしろチャーミングってな具合。これを決めれば勝利、というところではちゃんと決められるから、ミスは茶化されて終いだ。チームのみんなに慰めてもらったり茶化されたり褒められたり、チームに馴染んでいた。
その一方で俺はいつもゲームを終わらせる最後の球を落とせなかった。お調子者で、詰めが甘い。緊張に弱く、集中力のない人間だった。愛想も悪いから、チームの面々とは打ち解けられなかった。

 

それまではくだらない話をしてテキトーに笑い合う仲だったチヨダに、ビリヤードというゲームで差をつけられるのが辛かった。だから俺はビリヤードが嫌いになっていった。

しかし「ビリヤードしよう」という口実でしかチヨダを誘うことができなかった俺は、球撞きはしたくないのに、チヨダと話したいがゆえに彼をビリヤードに誘い続けた。
ビリヤードを始める前のように、「飲みにいこうよ」と声をかけるのは気恥ずかしかった。俺は「ビリヤードしよう」という口実を使ってしかチヨダを誘うことができなかった。

 

2人で撞いても俺は毎回負け越すようになった。負けるのは嫌いだ(かといって努力するわけでもない……)。でもチヨダと話したい。そうやって彼と球撞きをしても、俺の気持ちはぐしゃぐしゃになるだけだ。自分から誘ったのに不機嫌になり、そのまま駅で別れることもしばしばだった。俺とチヨダの家は徒歩10分の距離にあるのに、俺たちが互いの部屋で話したのは数えるほどしかない。


チヨダと俺は共に就職留年したのだが、彼は梅雨入り前にしっかり内定を勝ち取った。俺はダメだった。

ビリヤードのリーグ戦はとうに終わり、再びチームを組まされるのが億劫になった俺たちはビリヤード場から足が遠のいていく。ビリヤードという口実を失った俺は「飲みに行こうよ」と言ってチヨダを誘うのにためらいがなくなった。孤独だった俺は、気恥ずかしいなんてもう言ってられなかった。


しかし俺の誘いは断られがちだった。内定者同士の飲み会が頻繁にあるらしかった。
それにこれは俺の想像だが、無職に甘んじようとしている人間と話すのは気が重かったのかもしれない。社会に出ようとするチヨダに、俺と過ごした日々を否定されてると思いこみ、俺は甘ったれたことばかり言って彼を否定しようとした。彼を否定することで自分を守ろうとした。

チヨダの見ている世界と、俺が落ちこもうとしている世界はぜんぜん違っていた。そのことに当時の俺は気づかなかった。

 


季節ごとに、ビリヤード場から割引ハガキが届いた。年下プロハスラーは手書きで一筆添えてくれる。「練習しないと上達しませんよ(^^)」、「いつでも気軽に来てください」、「お待ちしております」……やがてハガキは届かなくなる。俺とチヨダは結局ビリヤード場からフェードアウトし、年下ハスラーの好意を無碍にしてしまう。

 

 

チヨダは今遠くで働いている。俺はまだあの頃と同じ町に住み続けている。彼がここを離れて2年、思い出のビリヤード場は潰れた。あの頃顔なじみだった人たちは、今どこで球を撞いているのだろう。

チヨダとラスベガスに行ってみたかった。

 

ビリヤード店から久しぶりにハガキが届く。閉店するとのことだった。閉店日が過ぎてしばらく経ち、俺はひとりでその店を見に行った。ガラス越しに見た建物の中から、ビリヤード台は失われている。その光景を写真に撮ってチヨダに送った。1年ぶりにLINEを送った。

 

久しぶりにウイイレやって思い出したこと

ゲームセンターでウイニングイレブンをやった。アーケードゲームなのにプレステのコントローラーが使えるのだ、知らなかった。

久しぶりにやったウイイレは(多分最後にやったのは2008年)とても難しくすぐに負けた。キーパーが全然キャッチしてくれないのはなぜなのか。なんで全部弾いちゃうんだろうか。むかしのウイイレキーパーは三角ボタンをうまいこと押せばそれだけでまあまあ戦えたのに。

 

むかしむかし中学生のころ、サッカー部に入っていた俺はゴールキーパーをしていた。下手くそだった。ロングフィードは絶対にキャッチできないので、パンチングで逃げていた。

チームのエースのシュートは一度も止めたことがない、本当に、ただの一度もだ。

彼は今結婚して1児の父で、そのことはfacebookをさまよっていたら偶然知った。10年くらい会ってない。

 

俺は本当に下手だった。キーパーとしてのスキルがないのはもちろんのこと、ゴールキックも下手だったので、ディフェンダーの子に代わりに蹴ってもらっていた。ゴールキックをした彼は下がりきったディフェンスラインを上げるために必死で走った。ディフェンダーの彼は中学時代の同級生と付き合っているっぽいことを俺はfacebookをさまよって知った。もう12年くらい会ってない。

 

ボールがなぜかうまく蹴れなかった。壁に向かって蹴るとボールは高く何メートルも高く上がるのに、ハーフウェイラインにいる仲間をめがけて蹴ろうとすると、地面スレスレのライナー性のボールしか蹴れない。味方の背中にバチンと当たったこともある。垂直にそびえる的があれば蹴れるのに、あのあたり落とすように蹴る、みたいなのが苦手だった。ちゃんと的があれば俺はそれなりに蹴れるのに。ちょうどいい落としどころに向かってボールを蹴るのが苦手だった。

 

本当にキーパーというポジションがイヤだった。味方のポジショニングを整えるためのコーチングも下手だった。何もかも、からきしダメだった。

からきしダメだったので、味方が攻め上がってるときにゴール前に突っ立って口笛を吹いていたら、先輩に聞かれてぶん殴られた。「試合中に口笛吹いてんじゃねえよ!」ごもっともだ。

 

今考えると、俺がゴールキーパーの仕事をまともにできなかったのは、目が悪かったのが原因だったような気がする。当時俺の視力は0.5とか0.4くらいで、実はあんまりよく見えてなかった。フィールドの様子はよくわからなかった。でも俺にとってはこの見えにくい世界がデフォルトだったので、自分が視力のせいでサッカーが下手なんだとは考えてもみなかった。

目が悪いのは分かってたけど、それがどの程度実生活やサッカーに悪影響を及ぼしているのかが分からなかった。メガネはダサいしスポーツ中に掛けてたら危ない、コンタクトは手入れがめんどくさいのでズボラな俺には向いてない、そう思って俺は結局卒業まで視力を取り戻すための行動をとらなかった。

高校に入ってからコンタクト・メガネデビューを果たした。世界が色鮮やかになった。みんなはこんなに濃い世界に生きていたんだなと驚いた。もっと早く掛けときゃ良かったと思った。

 

今の俺にもたくさん「もっと早くやっときゃよかった」ということがあるのかもしれない。あるだろう。でも、今の俺に何が必要なのか俺にはよく分かっていない。人は、やってみてはじめて「もっと早くやっときゃよかった」と思えるのだから。後悔するためにも行動が必要なのだ。

 

後悔先に立たずとはよく言ったもんだよなあ。

 

ウイイレがしたい。

ライブ会場で観客が歌うことについて

 

とおっしゃっていたので少し考えてる。

 

サザンオールスターズのツアーを目撃するために東京から神戸まで行った。しかし席はスタンド最後方で桑田佳祐本人は米粒だし、それどころか、大型ビジョンに映るサザンの面々すら見えにくかった。野外競技場で行われたこともあって音は競技場周辺の森に吸収され、音楽もろくに聞くことができなかった。あれは悲しかった。

先のツイートに関連していうと、前後左右でいっしょになって歌うおじさんが多くて参った。俺はおまえの歌聞きにわざわざ神戸まで来たんじゃねえよ、と思った。

ミスチルのライブもいちどだけ行ったが、桜井和寿が「歌えるっ⁉︎」とあのくしゃくしゃの笑顔をつくって観客にマイクを向け「innocent world」を歌わせるのは恒例だ。しかし、それ以外の曲でも喉が枯れんばかりに歌っている人間が周りにたくさんいて参ってしまった。

 

 

あれから4年。今の俺は大森靖子のライブに足繁く通っている。最近の大森靖子は「オリオン座」という曲で観客に合唱させる。

 

ワンマンライブにおける「オリオン座」は手書きの歌詞コピープリントを配り、歌ってもらうことを前提にされた曲になっている。「オリオン座」がかかっている時の大森靖子は歌詞を体で表象していた。躍動する身体でオリオン座の歌詞世界を立ち上げていた。

 

で、この「オリオン座」合唱によって、「みんなで歌う」という行為の気持ちよさに俺は気づいた。

自分で歌詞を口にすることによってその言葉たちが生き生きと立ち上がってくる。ミュージシャンの歌をただ聞いているだけだと、別のことを考えてしまう瞬間もあるが、歌っている時は瑣末な思考からも解き放たれ、自意識からも自由になった自分がいる。そして「ただただ歌っている自分」が俺以外にもいることに気づく。会場中がさまざまな人間の歌声に満たされる。自分の声と他人の声が混ざり合う、あの陶酔感は他にはない。セックスよりセックスなのでは。

 

最近、映画研究者・加藤幹郎の『映画館と観客の文化史』という本を読んでいる。

そこに書いてあった映画史初期(20世紀頭)の映画館・ニッケルオディオンに関する記述がおもしろかった。ちなみにニッケルオディオンとは5セント硬貨(ニッケル)で入れる劇場(オディオン)という意味。

 

イラストレイティッド ・ソング(注:スライドショー付き館内合唱)はヴォードヴィル劇場(ニッケルオディオンの前身)全盛期から継承された人気演目のひとつであり 、観客はサイレント映画を見ることと同じくらい 、映画館でスライドを見ながら歌を歌うことを楽しんだ 。

 

かつてアメリカの映画館で組まれていたプログラムでは、(今と比較すれば)上映時間の短いサイレント映画とイラストレイティッド・ソングと呼ばれる館内合唱の2つが目玉とされていた。

イラストレイティッド・ソングとは、マジックランタンによって投影された詞の字幕と歌の内容が人物や風景によって表側されたスライドショーを見ながら観客が歌う演目のこと。この時観客はピアノ伴奏や歌手の歌に合わせていっしょになって歌うらしい。

映画館に訪れる人々は、サイレント映画を見ることと同じくらい、歌手に合わせて大勢の観客とともに歌うことを楽しみにしていたのだという。

 

そこでどんな歌が歌われていたのかは、俺には分からない。でもきっと教会で歌われる聖歌なんかとは違う「ポピュラーソング」が歌われたのだろう。教会以外の場所に人が集まり、いっしょになってたのしく歌うという行為ができたのがニッケルオディオンだったのかもしれない。厳かとか静謐とは違う、歌うことによるポップな快楽に人々は酔いしれた。

 

だから、ポップミュージックのライブ会場は現代におけるニッケルオディオンの役目があるのかもしれない。

サザンやミスチルのライブでは大型ビジョンに歌詞テロップが表示される。今まで俺はこのテロップは歌詞を観客に知らせる意味しかないと思っていたけど、本当はいっしょに歌おうよ、ということだったのかもしれない。その歌のメロディーをうろ覚えてるだけの人も、いっしょに歌ってくれていいよ、ということだったのかもしれない。

 

カラオケのような閉鎖された空間で歌うのとも、教会のような神聖な空間で歌うのとも違う。ましてやスポーツ観戦で応援するために声を張り上げ歌うのとも異なった快楽がライブで歌うことにはある。ライブ会場という祝祭空間で何千、何万人もの人と声を合わせることの陶酔感。自分の声が出会うはずのなかった無数の他人たちのそれと溶け合って私があなたであり、あなたが私であるような体験ができるのは確かにライブの醍醐味なのかもしれない。そういう体験がどういった効用をもたらすのかは分からないけど、それは確かに気持ちがいいのだ。

 

 

「大人のロック」

さいきん佐野元春の「天空バイク」って曲が好き。

 

天空バイク

天空バイク

 

 

ビートルズの「Here Comes The Sun」みたいなギターのフレーズが聴こえて、シタールみたいな音が鳴るちょっとサイケデリックな曲。高校生のころ、ビートルズをよく聴いてたことを思い出した。ビートルズは『Abbey Road』と『Rubber Soul』が好きだった。

「大人のロック」とかいう雑誌を意味もわからずポーズで読んでた(読んでたっけ?内容は何も覚えていない。なにひとつだ。買っていただけかもしれない)あの頃の自分を引っ叩きたい。本当に恥ずかしい雑誌名だと思う。日経エンタテイメントから出てたんだって。

 

でもこの「天空バイク」にグッときたのはあの頃があったからだ。だからといって青春時代はもう帰ってこない。「大人のロック」を買っていたのは黒歴史だ。でも本当に「天空バイク」は好きな曲。「彼女は僕のラヴ ラヴ ラヴ ラヴ ラヴ ラヴ」。

 

光に沿って滑る僕のバイク

後ろで君は歌を口ずさんでる

時々心配なんだ

もっともっと

君の声が聞こえたらいいのに

「天空バイク」

 

『MANIJU』の中ではあと「朽ちたスズラン」も好き。もろボブ・ディランって感じ。ボブ・ディランの曲なんて歌詞の意味はなんも分からんけど。

佐野元春だって最近ようやく聞き始めたのだ。もっと早くから聞きゃあよかった。とても好み。あんな有名な人間に対して今さら「とても好き」なんて言うのは恥というか失礼な気もする。しかし桑田佳祐が好きで岡村靖幸も好きなら佐野元春はドンピシャに決まったいた。

佐野元春聞きまくってはやくカラオケで歌いたい。

 

今日も今日とて24時ギリギリにこれを書いてる。日付が変わる前に書くというマイルールを忘れて今までだらんだらんしていたからだ。しかし、時間ギリギリに書くとなりふり構わず書けるので、いつもより気負いもないし、事実なんてどうでもよくって、いつもよりナマの自分が出てくる気がする。

 

 

スラッシュ

7月は停滞してしまった感がある。先月いくつか文字起こしの仕事をもらって、俺にしてはけっこうな金額をもらえた。だから浮かれていたが、俺は依然として無職だった。そのことを忘れていた。


昔から調子に乗りやすいタイプだ。なんでいつもこの程度の出来で調子に乗れるんだろうか。なぜ、この勢いのままもっと上を目指そうとならないんだろう。ひとつ達成したらそこで終わってしまう。次回はもっと良い出来になるように、それまで蓄えておこうと思うのに、結局できないのだ。情けない。

 

ちょっと前にあるばあさんが「あんたは良いもん書けるんだから、チャンスが来たときのために、書き溜めておきなさい」と言ってくれて、いたく感動した。こういう励まし方をされるのはとても嬉しい。「がむしゃらになれよ」とか「君はまだまだなんだからがんばりなさい」とかじゃなくて、「あんたは実力があるし、もっと良くなるんだからチャンスが来たとき逃さないためにがんばりなさい」と紫煙をくゆらせながらシャープに見つめてくる強面のばあさんに俺は勇気づけられた。
けど、その後も全然がんばってねえ。

 

変わるためのキッカケは他にもたくさんあった。

 

8月は母の命日がある。母の死だって大きな転機となりえたのに、変わらなかった。『そうして私たちはプールに金魚を、』という映画で、退屈しきった女子高生が「あー親死なねえかなあ」と言いながらアスファルトの上を歩いていた。俺も高校生くらいのころ、そんなことをよく思っていた。


あのころは「親の死」によって自分の人生にスラッシュを打てるような気がしていたのだ。しかし、自分の人生のどの出来事をスラッシュにするかなんて、けっきょく自分次第なんだ。

 

俺はこの8月には長い長い人生の夏休みに区切りをつけたい。長すぎる休符だった。俺はくすぶりすぎた。

 

ここまで書いてようやく、俺が性懲りもなく人生のスラッシュをカレンダーに任せていることに、俺は気づく。

 

先立つものは金で。金金金で、だから金が欲しい。

 

疲れたらタクシーに乗れたり、引っ越したいときに引っ越せたり、野菜や果物が気兼ねなく買えたり、故人の望み通りの葬い方をしてやれたり、映画を観に行ったりすることには金が必要なんだって、俺はようやく分かったんだ。

担々麺をおいしくいただけるようになった

今日はマンガ読んで銭湯行って担々麺を食べた。最高に気分がいい。

 

銭湯で1時間、お湯に入り水風呂入り休憩する、を3セットくらいしてリフレッシュ。銭湯行くと蓄膿症も圧倒的に改善するし、痔の調子も良くなるので最高だ。ここのお湯がもう2度くらい熱くて水風呂がもう2度くらい低ければ心にも安寧が訪れるはずなんだ。『マンガ  サ道』では《サウナは育てるもの》みたいに言っていたので、この最寄りの銭湯も俺が育てようか……なんて思い上がってしまうけど、俺はもうすぐ引っ越すし、そもそも銭湯にはじめて行ったのが去年のことなので思い上がりもいいとこだった。謙虚にお湯をいただきましょう。

 

家から徒歩2分くらいのとこに担々麺屋がある。6年くらい前、引っ越したばかりの夜中にはじめて入店したが、その時は鳥そばを食べたんだった。その後なかなか足が向かなかったので、あんまり好きじゃなかったんだろう、覚えてない。

 

再入店したのはつい最近のことで、その時はじめて担々麺を食べてみた。「はじめて」というのは人生ではじめてということです。俺にははじめてのことが多い。恋人が担々麺を食べたいというから付き合ったのだ。

はじめての担々麺はなんか全然舌に合わなかった。食いしん坊の俺が食べきれなかったほどに、だ。あの花椒独特の風味とか舌が痺れる感覚がとうにも苦手だった。辛いというより不快だった。

俺はちょっと苦手かも、と言ったら恋人に「ちょっと大人の味よね」みたいなことを言われて悔しかったが克服したいとは思わなかった。食えないもんを無理して食う必要はない。

 

今日また恋人が担々麺を食べたいと言ったので「鳥そば食うからかまわないよ」と言って三度の入店。食券機で恋人は冷やし担々麺をチョイスした。担々麺食べたいって熱い汁のたっぷり入ったやつだとばかり思ってたのでなんかめんくらった。で、調子を狂わされた俺はなぜか知らないけど今日なら担々麺を食べれそうな気がする、と思ったので「担々麺」のボタンを押した。

 

青島ビールを飲みながら待つ。池波正太郎が「瓶ビールはコップに注ぐのが醍醐味なんだ、だからお酌なんてさせない。一口飲んだらまたコップに注ぐ。一口で飲める量しかコップには入れない。ビールをコップに注ぐのが楽しいんだ」みたいなことを言っていたので、マネしてる。

池波さんの作品は読んだことないんだけど、《コップに注ぐのが楽しい》という無邪気な感じに「分かる〜。それでいいんだな〜」と共感したのでそうしてる。

 

青島ビールが3分の1くらい減ったころ担々麺が来た。

この担々麺がすごくおいしかった。もしかしたらこないだ食べた時より花椒が少なめだったからかもしれない。どうしてなのかはよくわからないが、スルスルすすれてゴクゴク飲めた。で、これが青島ビールに合う。この薄いビールで担々麺に濡れた口内を洗い流すと、花椒のちょっとクセのある風味がサッと消えるというか、清涼感に変わる。夏っぽい……とうっとりしてしまった。あっという間に食べきってしまう。

 

麺を食べ終わり、汁をちまちまレンゲですくって飲んでいるころには青島ビールは空になっていたので水を飲んだ。そうすると花椒の風味が口のなかいっぱいに広がった。「これだ!  これが俺の苦手な担々麺だ!」と合点した。水は花椒を引き立てまくる。口いっぱいにあのえぐみのようなものが広がって舌が痺れ出す。この感じがとてもイヤだったのだと気づいた。俺は担々麺が嫌いというよりも、担々麺と水の相性を嫌っているらしい。正確に言えばこの店の担々麺と水は俺にとっては不協和音。なんたってこの店の担々麺しか知らないから。いっとき担々麺にハマったことがあるという恋人いわく、ここの担々麺は「ふつう」らしい。

 

担々麺が苦手な人、花椒がダメな人は青島ビールをお供にして挑むと案外イケるかもしれません。