ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

腹が痛い

3日くらい腹痛と下痢が続いてる。

昨日ようやく「薬を飲む」という解決手段を思いついた。それまで腹痛は自然に治るものだと思っていた。薬局へ行き、買ったその場で錠剤を噛み砕くが効果なし。恋人に促されに促され、涙をこらえて病院へ行くと、医者に「週明けには治ってるでしょう」と言われる。処方薬を飲みはじめたが、「週明けには治る見込み」なので、痛みと腹下しはいまも続いている。

 

涙をこらえて病院へ行った、と書いたが、本当は少し泣いた。電話越しに「あした病院行かなかったら週末は会わない」と言われ、そんな取引ヒドいや……と思い、ほんのちょっぴり泣いた。甘えすぎである。まあ泣いたのは深夜だったからってのもある。夜は感情が高ぶりやすい。

俺はなぜか病院が嫌いなのだ。あの病院特有の陰気臭さゆえ、待ち時間が長いから、むしろ風邪とかうつされそうなリスクを懸念しているせい、厄介な病気が見つかってしまうのが恐いため……パッと思いつく理由はそんなところ。

自分の普段の不摂生を診断という結果で突きつけられるであろうことも辛い。俺はいま手術すべき疾患をふたつ持っているが、その手術自体の恐怖もさることながら、西洋医学によって俺の不摂生ぶりが暴かれるのが嫌だ。

手術に踏み切る前に摂生を身につけたいとずっと思ってきた。健康になるための手術を健康になってから受けたいって、自分で書いててもアホな考えだと思うが、そんな考えにここ何年ずっと捕らわれている。そしてあらゆることを常に先送りしてしまう俺は依然として不摂生で、だから病気も相変わらずだ。

 

午後の診察開始時刻を過ぎてもなかなか家から出られなかった。ようやく家を出た頃には夕方になっていた。小雨のなか傘さして病院へ向かっていると向こうから低学年くらいの小学生がふたりやってくる。冴えない感じの男の子と女の子だけど、ふたり手をつないで、男の子が一生懸命喋っているのを女の子が一生懸命聞いていた。ふたりとも傘はさしてなかった。俺は平日の夕方、病院に行くところだった。

 

ようやく病院に着く。はじめて来る病院だ。

そういえば俺は、生まれてこのかた内科というものに来たことがない。小児科、耳鼻科、歯科、眼科、皮膚科、肛門科にはかかったことがあるが内科ははじめてだ。

病院では靴を脱いでスリッパに履き替えなくてはならなかった。俺は素足にスニーカーをつっかけて来ていたので、素足で病院のスリッパに足を突っ込むのは少し気が引けたが、止むを得ず履いた。病院のフロアを裸足でぺたぺた歩くのはさすがに恥ずかしい。

 

受付に保険証(被扶養者)を渡し、椅子に腰掛け脇に体温計を挟んだまま問診票を書く。すぐに鳴る。37.0℃。微熱があるらしい。受付に体温計を返して、再び問診票に記入。渡す。すぐに名前を呼ばれる。そして冒頭言ったように「週明けには治るでしょう」という毒にも薬にもならない言葉をかけられる。それに対して「今すぐ治してほしいんだよ!」と伝えられるはずもなくすごすごと退出。

 

会計を待つあいだ椅子に腰かけぼうっとしてたら思い出した、いま17円しか持ってない、金おろさなくちゃ。

受付に「お金おろしてきます」とことわって病院をいったん出る。2分くらい歩いてゆうちょATMの前に立つ。ジャンパーのポケットを探る。財布がない。ズボンのポケットにも、カバンの中にもない。また財布を落とした。俺は1週間前にも財布を落としている(http://massarassa.hatenablog.com/entry/2017/02/20/110536)。ATMの前で大きなため息をつく。受付に保険証(被扶養者)を渡したからそのときはまだ財布はあった。ということは、病院内か病院からATMまでの道のりに財布は落ちているはず。

 

道中にはなかった。じゃあ病院にあるだろう。受付の人に「財布の落し物なかったですか」と尋ねる。「特に届いてないですが、診察室も確認してみますね」と言ってくれる。5分後、診察室から俺とそう年の変わらない私服の男が出てくる。それから少し経って、先の受付の人が財布を持ってきてくれた。

何度も財布を落としてきた俺だが、財布を無くしたことはいちどもない。

 

ありがとうございます、と言って再び病院を出て、ATMに向かう。

 

三度病院に入る。さっきはありがとうございました、すみません、というと「1070円です」と言われる。ぴったり支払う。「お大事に」と言われる。

 

そういえば病院に着いてから病院から帰るまでの1時間、いちども腹痛くならなかったな、と思ったら痛みが蘇る。

 

帰り道、病院行ってきたよ、とLINEする。「えらい」と褒められる。「約束守ってくれて嬉しいよ、ちょっと泣きそう」とまで言われる。こんなことくらいで褒められたら逆に惨めだわ、と返信しながらも内心ちょっと嬉しい。嫌だ嫌だと避けがちな病院にようやく行けたことで、少し自信がついた気がする。

 

俺には根拠のない自信はあるのだが、根拠のある自信がない。根拠のある自信をつけるために、ずっと悩まされている副鼻腔炎と痔の根治手術に踏み切るというのは、案外良い手かもしれない。手術に対する膨らみすぎた恐怖と、術後に訪れるらしい未知の痛みを我慢しただけで自信がつくうえに、いまより日常が快適になるのは、悪い話じゃない。今日のところはそう思っている。健康になりたい。

 

 

 

 

夢日記(ゴルフコース)

体調が悪くて今日はずっと寝てた。夢を見た。

 

 

実家からほど近いゴルフコースに、家族4人で来ている。誰もゴルフをする気はなく、各コースのティーからカップまで、4人全員それぞれの速度でひたすら歩きつづけている。それぞれの速度で歩いているが、先に行く者もいなければ、集団から遅れる者もいない。付かず離れずの距離を互いに保ち、何か話しながら、比較的ほがらかに、春のゴルフコースを散歩している。

 

6番ホールで水分補給のために我々は足を止めた。このホールには華奢な女子高生の膝小僧くらいの大きさの穴があって、そこから湧き出す水はうまいと評判だ。その穴は隣の7番ホールとの段差に穿たれている。7番ホールには大きな池があって、そこの水が地下を通って、この穴から出てくる。池から直接すくった水は血のような味がするのだが、この穴から出るときには、水は柔らかく、そして甘くなる。穴に紙コップを当て、水を注ぐ。みんなそうやってここの水を飲む。

 

座って水を飲んでいると、小高くなった7番ホールの方の木々の隙間から、青ざめた女の顔が見えた。ゴルフ場に入ってから私たち以外の人間をみとめるのは初めてだった。立ち上がってその方を見てみると、女の足元には小さな男の子が痙攣しながら倒れている。

 

父は彼女たちの元に駆け寄った。「大丈夫ですか」と声をかけると同時に、向こうからゴーカートに乗った救急隊がやってくる。父は私たち家族の元に戻ってきて、いっしょに事のなりゆきを見守った。

 

その男の子の母親が言うには、男の子は石ころを喉に詰まらせたらしい。馬鹿な子だ。ふたりの救急隊は真剣な表情をして、男の子を芝生のうえで転がしていた。そんな方法で石ころは出てくるのだろうか。疑問に思うが、私たちは一切口を挟まない。

 

1分くらい男の子は転がされ続けたが、彼はまだ石ころを吐き出さない。やがて痙攣も止まり、まったく動かなくなってしまった。

 

すると私の斜め前で腰に手を当て事態を見守ったいた父が、男の子の元へ歩き出した。救急隊を押しのけ、「しょうがねえな」と言いながら父は男の子の足を片手で掴み、彼を振り回し始めた。どこかの外国人プロレスラーが入場時に鎖を振り回すパフォーマンスをしていたがちょうどあんな感じだ。

 

男の子は何度も芝生に叩きつけられた。父は制止しようとする救急隊を、男の子で殴り倒した。男の子の母親は気を失い、私と母とキョーダイは、立ち尽くすしかなかった。私は自分の体格を思い出し、自分が父に振り回されることはない、という事実を思い出して安堵した。やがて警察が来て、父は逮捕された。賠償金の支払いで私たち一家は路頭に迷うかもしれないと思いつつ、パトカーを見送った。

 

夕暮れのゴルフ場に横たわる男の子はもちろん事切れていて、彼の母親は、柔らかく甘い水で、息子の汚れた頰を濡らしつづけていた。男の子の喉につっかえてた石はいま、母の左手のなかにある。

 

 

男がドヤ顔で語る恋の思い出 『ラ・ラ・ランド』感想文

冒頭ハイウェイでの長回し(風?)ミュージカルシーン、曲のラストでカメラの高度が上がり、撮影のために封鎖した車線以外では車が走り続けてるのを見せるんだけど、この映像に「この撮影のために道路封鎖したのすごくない?」という自慢を見てしまい(いや、もちろんすごいんだけどさ!)、物語に入り込む気分を初っ端から削がれる。色鮮やかなふつうの人たちがこの映画のコンセプトを歌って踊って叩いて弾いて説明するのは楽しいけど、このカメラの上昇によってデイミアン・チャゼルのドヤ顔を感じ取ってしまって、どうにも俺はダメだった。あと、ハイウェイの車を横移動で捉えるところでドゥニ・ヴィルヌーヴ『ボーダーライン』(2015年)を思い出してしまい、銃撃戦が始まるのでは?とわなわな怯えたこともあって、のめりこめなかった。

 

そういえば、セバスチャン(ライアン・ゴズリング)はビビりだった。サプライズするためにこっそり帰ってきたのは自分なのに、帰ってきたミア(エマ・ストーン)にビビるところなんかは、めちゃくちゃチャーミング。俺もそういうところあるので気持ちわかります。ドッキリを仕掛ける奴は自分こそがビビりなのだ。

 

そんな調子でいつ『セッション』(2014年)の交通事故的なアクシデントが起きるかと身構えていたら、いつの間にか画面からは彩りが失われていて、セブとミアの関係は1年も経たずにすれ違ってしまう。ふたりは別々のルートを進むことを決めるのだけれど、そんなのはハナから決まっていたことだ。ビュイックリヴィエラコンバーチブルというクラシックカー(映画「ラ・ラ・ランド」のファッションに注目する4つの理由 | Fashionsnap.com)に乗るロマンチックなジャズピアニストであるセバスチャンと、プリウスに乗るといういかにもハリウッドセレブ的な振る舞いだけは最初から身につけていた女優志望ミアの恋路が続くわけはなかった。俺は悲恋が大好物なので、この辺りから映画にのめり込めるようになった。だから、重ならなかったふたりの未来を映画という魔法でふたりに夢見させてくれるというクライマックスはキュートでロマンチックで泣ける。既に指摘している人もいるが、小沢健二のニューシングル「流動体について」が残酷かつ美しく描いてみせた「ほんとうのこと」と、『ラ・ラ・ランド』の結末は、たしかに似ている。
並行世界、ありえたかもしれない別の未来、別の選択をしていたら自分(たち)が歩んでいたであろう現在に想いを馳せつつ、いまを肯定する覚悟みたいなものには、感動してしまう。せざるをえない。

 

しかし、それでもやっぱり『ラ・ラ・ランド』を全肯定する気にはなれない。不満な点はいくつかあるけれど(いわゆる「ジャズ警察」じゃなくてもこの映画のジャズの描き方には疑問を抱くでしょ?)、その最たるものはミアというキャラクターのわからなさだ。

 

ディズニーアニメのヒロインがたくましく描かれる時代にあって、「私を見つけてくれる誰かがいるはず」みたいな夢を見ているのはちょっとイタいし(そういう痛々しさを引き受けられるかどうかが案外この映画を気にいるかどうかの分かれ目かもしれない、なんでミアを痛いと思うかって、それは同族嫌悪からです)、6年間オーディション受け続けてるけど努力が実らなくて惨めすぎて辛いよ、とか言われても、彼女が本気出したのは(劇中では)自分で押さえたハコで自作自演の劇をやってみたあの1回だけだから、感情移入のしどころがわからない。なんども衣装を変えて行われる数々の不遇なオーディションシーンも、セブとミアが服を着替えまくってたのしくデートに繰り出すシーンと重なってしまうから、悲惨さが伝わりにくい。せいぜいがコミカルな印象に止まってしまう。だから、ミアがどんくらい辛いのかってのは、観客それぞれが自分の人生と重ね合わせてしか理解できないのではないか、と思う。

 

あと、お前との生活のためにちょっと気にくわない奴ともバンド組んでツアー回って金稼いでる恋人に対して理解なさすぎでは?とも感じる。ミアはライブ会場でバンドにおける彼氏の役割を目の当たりにしてショック受けるわけだけど、いや、ふつう自分の彼氏がやってるバンドの音源いちどくらい聞いとくだろ、なんでライブ会場ではじめて聞いて「わたしの彼氏は信念を曲げてダサい音楽やってるのか……」って落ち込むのは酷いよ……と思ったりする(「カルテット」6話で真紀(松たか子)が幹生(宮藤官九郎)のくれた詩集を読まないまま鍋敷きにしちゃうのとはワケが違う)*1

 

とはいえ、別れたふたりが再会したのは「セブズ」なわけで、セバスチャンくんはミアちゃんとの思い出をめちゃくちゃ大事にしている。セブズという名前は、ミアがセバスチャンにプレゼントした名前だ。
大事な思い出だからこそ、ふたりは再び体を重ねたりなんかしない。ふたりが一生愛し合っていることは、抱き合わなくたってふたりにはわかっているのだから。ふたりは愛し合っているのだから。ふたり愛し合ってる、それってなんでだ?

 

渋滞に巻き込まれたとき、それぞれの車中からセブとミアは互いを見つけ合う。レストランの外を歩いていたミアが、ピアノの音色に惹かれて扉を開くと、ピアノの前にはあのときの失礼な男セブが座っている。再会のとき、ふたりは見つめ合う、おそらく、このときふたりは惹かれあっていた、それはクライマックスの「ありえた未来(現在)」において、ふたりがこのレストランでキスをしていることからも伺える。

 

映画にあって、見つめあった瞬間男女(「男男」でも「女女」でもいいのだけれど)が恋に落ちるってのは、奇跡というより当たり前だ。だからここでふたりが恋に落ちてるとしても、それはまあ理解できる、しかし、『キャロル』(2015年)におけるキャロルとテレーズの視線の交錯に比べたら、あまりにも画面がゆるゆるな気がする。理解はできるけど納得できない。

 

『ラ・ラ・ランド』は「ミュージカル映画」であるにもかかわらず、顔のクローズアップがめちゃくちゃ多い。そのわりにひとつひとつが決まっているとはどうしても思えない。それが「どうしてなのか」はよくわからない。
とりあえず、演者のクローズアップより、透けて見える監督のドヤ顔の方が気になってしまった。ミュージカルというジャンルが要請するから思う存分留保なしに長回しできるのかもしれないけど、それにしたって、どうにも編集のリズム、長回しを含めたショットの組み合わせのバランスが悪い気がするんだよなあ。なんでだろう。

 

ミュージカル部分は唯一ミアが最後のオーディションで“My aunt used to live in Paris”と語り始め歌いあげるところに泣かされたけど、あとはあんまり高まらなかった。俺はダンスを見る目をまったくもっていないので、ふたりがタップダンスしてるところもよくわからなかったりして残念だったのだけれど、ミア=エマ・ストーンの歌いっぷりは『レ・ミゼラブル』(2012年)のアン・ハサウェイをちょっと思い出した。

しかしこれは有無を言わせず泣かせるなあ……。

 

 

と、いろいろ文句を言ったのに、見終わって帰ってきてからずっとApple Musicでサントラを聴いてる。楽しい。もう一回見たいと思ってしまう。なんでなんだ。

 

それは、『ラ・ラ・ランド』が、セブの姉が冒頭で言っていたように、ロマンを捨てられない男の夢を描いているからかもしれない。愛した女にできる限り尽くして、しかし避けられぬ別れが訪れ、数年後再開したとき、ふたりは互いに互いの人生を成功させている……。長い人生に、ひとつくらいこういうロマンチックな物語があると、男に箔がつく。ひとりで家事もこなせちゃうし、自分の店も持ってるし、好きな音楽を好きなようにやれる、でもそんな俺にも生涯愛し続けてるたったひとりの女がいるんだ、というストーリーは、やっぱりドヤ顔で語りたくなっちゃう。俺だってこんな思い出が欲しいような気がしてくる。
だから極端な話、女はどんなキャラクターであっても関係がない。男のロマンの投影にすぎないから。エマ・ストーン演じるミアがどういう女なのかよくわからなくてもいいのだ。というか自分のロマンを投影するための対象物だから、そいつについてのパーソナリティーはわからない方がいい。
この気分って大根仁『SCOOP』(2016年)にも感じた。あれは福山雅治の周りの人間たちが福山について語っているというより、福山雅治の亡霊が、俺を愛した女たち(男たち)について語っている物語だと思う。

 

『ラ・ラ・ランド』を見終わり、なぜかはやくジャド・アパトー「LOVE」のシーズン2が見たくなった*2
ミッキーが恋しい。

 


 


 

*1:でもまあ好意的に見れば、家に居たら彼氏のピアノの音色は聴き放題だから、それゆえにわざわざ彼氏のバンドの音源なんか聞かなかったのかもしれない。

*2:Netflixで3月10日から配信開始。

あいかわらず

朝日が照らし出した人影はカーテンを歩く。朝。昨日は飲みすぎた、と思ったが、昼過ぎから飲んでたってだけで、量はそんなに飲んでいないはず。今年のはじめから、俺の住むアパートは鉄の足場で囲まれている。足場を男たちが歩く。

春が来たら足場は撤去されるという。毎日少しずつアパートの壁や床が直されていく。

目覚めてから1時間経つが、まだ水も飲んでいない。

 

 

東南アジアでの研修旅行を終えた地元の友人は、地元行きの飛行機に乗り換える前に、東京に住む俺と会った。半日ふたりで過ごした。

 

彼とは高校1年のころからのつきあいで、かれこれ10年になる。正午過ぎから2時間居続けた渋谷センター街の「一軒め酒場」の有線から、菅田将暉の歌う「キセキ」が流れる。2008年の曲だと友人は言った。東京に住むようになってからの7年は、GReeeeNの「キセキ」を歌えてしまう自分から逃れたいと、心のどこかで思いつづけていた気がする。「e」の数を正確に書けてしまう。

 

東南アジア帰りの彼は東京を寒がって銭湯に行きたがっていたので、空港へのアクセスを考慮し、蒲田温泉に行くことにした。山手線に乗って、品川で降り、京急線に乗り換え、蒲田で降りる。睡眠不足でアルコールの回りが早かった俺と、旅行の疲れで同じく酔っぱらった友人は、山手線のなか、ややでかい声で卑猥な話ばかりしていていけなかった。彼が東南アジア帰りだからしょうがない。何千バーツで女が買えるなんてとんでもないよな、ハマる人がいる理由もわかる、とか言っていて、話してることはあいかわらずエッチなことのはずなのに、高校生のあのころとは全然違ってしまっている。

なんで童貞のころの自分ってあんなに輝いてみえるんだろう。童貞のころの俺は、いまの俺になることを一瞬でも想像しただろうか。45番のバスに乗って学校から帰るとき、俺たちはどんな話をしていたんだろう。

 

蒲田温泉は駅からそう遠くない銭湯だった。俺は東京に住んで長いが、去年の秋はじめて銭湯に行った。風呂に入る習慣がないから、銭湯に行くという発想がなかった。そのときは恋人に誘われて行った。銭湯はいいもんだった。

東京に住んでいない友人が「銭湯行きたい」って提案するのに驚いた。俺の地元はどちらかといえば本州よりも東南アジアに近い気候なので、風呂に入らずシャワーで済ませる人が多い。

銭湯なんて初めてだろ?と聞いたら、「こないだ『湯を沸かすほどの熱い愛』って映画を見て行ってみたくなった」と、彼は髪を洗いながら言う。あいかわらず素直だ。彼はあいかわらずメロコアバンドをやっている。えらいな、と思う。

 

あいかわらず恋人のできない友人は、かといってモテないわけじゃない。モテるわけでもないが。ふたりの姉と仲のいい末っ子の彼は、女と仲良くするのは上手だ、女が気を許しやすい雰囲気みたいなのをまとっているらしい。俺は男だから、彼がなぜ女に言い寄られるのか、本当のところはよくわからない。

こないだは、飲み屋で出会った離島から遊びに来た女と寝たという。本島滞在中の彼女と3回寝たらしい。付き合ってみりゃあよかったのに、と言ってみたら、「遠距離恋愛なんてできる気がしない」と真面目な顔して返された。「どうせ付き合うんなら会いたいときに会いたいからさ」とか言ってて、それは好きってことなんだからやっぱりつきあってみるのが正解なんじゃないの?と聞いた。「そっか、俺は彼女のことが好きだったのか」としんみりしやがる。笑える。

「でも、彼女がちょっと重くてさ」とも言う。

恋した女はみんなメンヘラなんだぞ、と言ってやった。大森靖子の受売りだ。

大森靖子⚫️キチxxxガイア on Twitter: "世の中の彼女という存在は全員メンヘラ。メンヘラじゃない彼女なんかセフレですよ。ポップコーンラブ http://t.co/eHhQy6Dccd"

メロコアのように2分半で爽やかにさっぱり終わる女なんてつまらないじゃないか。

 

慣れないサウナに入り、水風呂に入りきれず、電気風呂に笑って更衣室に戻る。体重計に乗る。体重を見られた。彼女のメシが美味くてさ、と言い訳した。ふたりで缶ビールを飲んで銭湯を後にした。

 

飛行機の時間にはまだ余裕があったので駅の近くのニイハオに行く。焼き餃子とか水餃子を食う。具がシャキシャキ歯ごたえあってうまい。水餃子の皮はもちもち分厚い。ほんとうはチャーハンとか食いたかったけど金がなかったので注文しなかった。青島ビールとメガハイボールを飲んだ。4800円だった。研修旅行ほとんど金使わなかったから、と言っておごってもらってしまった。ワリカンにすれば払える金額だったのに。財布のなかに入ってたのは借りた金だったが。

 

店を出ても名残惜しく、コンビニでハイボールを買って公園で飲んだ。日の落ちた公園では、日曜を名残惜しむように、少年たちが鬼ごっこをしていた。向こう側のベンチではホームレスが寝床を準備している。友人は2時間後には空のなかにいる。せっかく東京にいるのにこんな辺鄙な公園で飲みながら酔っぱらった彼は何度も何度も今日は本当に楽しいと言っていた。なんだか泣けてくる。せっかく銭湯で温まった体はとっくに冷え切ってしまった。

 

「みんないろんな決断をしていろんな風に生きてるけど、けっきょく何が正解かなんて今は誰にもわからんし、決めたらとにかくやるしかないんだよな、だから、俺はお前に何も言わない。まあ1年に1回は会えたらいいな」と言う彼は疲れているけど、翌日からまた働くのだ。

再会するたびに「地元帰ってこいよ」と言っていた彼は今回「お前ずっと東京にいそうだな」と呟いた。なんで?と聞いたら「直感」とこたえる。「俺、お前以外の人間には『なんとなく思ったこと』って話さないけど、お前には話しても『まあいっか』と思ってる」とかまっすぐな目で言うから、俺は目をそらす。

 

空港まで見送ろうと思い、京急の改札を通ろうとしたら、財布がない。俺はまた財布を忘れたらしい。あいかわらず俺は忘れっぽい。やっぱりここで別れよう、俺財布忘れたから公園戻るわ、と笑ったら、彼は真剣な顔して「はあ?しょうがねえなあ、俺も戻るよ」と言っていっしょに駆け出してくれた。たくさんの少年はまだ走り回っていたけど、俺の財布はちゃんとベンチに落ちてたので、目のあった少年に、ありがとう、と言ってみたらきょとんとされた。

 

保安検査場を通るとき、友人はいちども振り返らなかった。そういうやつだ。

 

羽田の国内線ターミナルで人を見送ったのは、上京してきた母とキョーダイを見送った以来だろうか。せっかくなので、展望デッキから友人の乗る飛行機を探した。見つかった。62番搭乗口から伸びる通路がANAの機体につながっている。

彼と俺が好きだった、もっと言うと母も好きだったエルレガーデンもアップルミュージックに入っていたのでそれを聞きながら、飛行機と東京の夜景を眺めることにした。「Supernova」「スターフィッシュ」「Make a Wish」と聞いたところで、彼の乗る機体が動き出した、ふと空を見上げると、オリオン座が目に入る。大森靖子「オリオン座」を聞きながら星を見続けた。涙が出てくる。飛行場に目を戻すと、友人の乗る機体がどれだったか、わからなくなってしまった。

 

そんなことを、眠る前、電話で恋人に話したら「君らしいね」と笑われて、うとうとしながら俺は嬉しかった。

 

 

涙を流しながら展望デッキを歩いていたら、小さい女の子が暗闇のなかを笑いながら走っていた。ときどき立ち止まって、両親を振り返る。床には青と緑の電球がいくつも埋め込まれていて、女の子はしゃがんでそれに手をかざす。自動ドアのところまで走っていった女の子は立ち止まり、ここではじめて不安げな表情を浮かべる。彼女はまだこの先にひとりではいかない。遅れてやってきた父親に抱きかかえられた女の子は、両親と3人して空港のなかに戻った。

涙を止めた俺は、空港の中華料理屋でチャーハンを食って帰った。

 

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中学生男子ふたりして公園。

ふたりの中学生男子が柵から身を乗り出して池を覗きこみながら話している。

「『マリー&ガリー』録画した?」「してない」「えー!じゃあ早く帰らなきゃ!」「うん、そうだね!」「ブランコ乗ってく?  ブランコ乗ってく時間ならあるよ!」「うん!」と言って駆け出したふたりは、前を通り過ぎる犬の姿に目を奪われ立ち止まる。犬は後脚を二本ともダメにしていて、犬用の車椅子の助けを借りて散歩していた。犬と飼い主が立ち去りやや経ってから、池に戻ってきたふたりは眼下を泳ぐ鴨の傍らに石を落としながら何か話していた。少し離れたところにあるベンチに座っていた俺には、彼らが何を話しているのか聞き取れなかった。

犬を目撃する前に駆け出したワケを思い出したのか、彼らはブランコの方へとつぜん駆け出した。興味の赴くままに、無邪気に動く彼らがかわいらしかった。

 

季節は春に向かっていて、だから俺はちょっと足を伸ばして公園に来てみた。コンビニでコーヒーなんか買って。

天中を過ぎた陽光を真正面から浴びるベンチに座ったが陽射しが眩しかったので、柱で日陰になっているところに落ち着くため、尻を右側にずらした。柱は藤棚を支えているものだ。藤棚の下にベンチが五脚ある。ベンチたちは公園の真ん中にある池に向かって設置されている。その五つのベンチの、池に向かっていちばん右端のベンチに俺は腰掛けていた。右端のベンチの右端に座っていた。中学生男子ふたりは、藤棚から外れたところにいた。

 

ブランコから戻ってきた彼らはまた池を覗きこみながら何か話している。こんどは聞こえてきた。

「亀ってなんでも食べるんでしょ」「へえそうなんだ!じゃあ鴨も食べられちゃうね」「さすがに生きてるのは食えないよ!」

この池を泳ぐ亀は、人間の死骸をくわえていたことがある。ふたりはそのことを知っているんだろうか。

 

中学生のころの俺は何を考えていたんだろうか。ブランコには乗らなかったし、池を眺めながらくっちゃべることもなかった。俺の実家の近所には、ブランコや池のある公園はなかった。学校の近くにもなかった。高校生になって学校近くの公園に行ったらブランコがあったので乗ってみた。そのとき俺はブランコをこげなかった。そういえばそのときの俺にはブランコをこいだ記憶がなかった。

 

中学生ふたりはやがて去っていった。家に帰って『マリー&ガリー』を見るんだろう。それは夕方のEテレでやっている5分間のアニメ番組らしい。手元にあるスマホで調べたのでわかった。俺が中学生のころ、そのチャンネルは「教育テレビ」と呼ばれていた。教育テレビ(Educational Television)はその英語表記からもじってEテレになった。わかいの、国家に教育されてたまるかってんだよな。Eテレの番組に出てくる女の子でしこったらいい。マリーだかガリーだか知らんけどそのアニメの娘たちに欲情してもいい。君らの年の頃の俺は、授業中辞書で卑猥な単語のページを開いては興奮しているような人間だった。君らの方がよっぽど楽しいと思う。がんばって楽しみ尽くすがいい。教育の裏をかくのだ。まあ、かかなくてもこかなくてもいいけど。

 

ふたりが去った。彼らの会話に耳を奪われていた俺は我に帰った。膝頭はすっかり冷えてしまった。指先もかじかんでいる。手元のスマホは求人情報を表示している。

いまの俺は、中学生のころと身長は変わらないが、だいぶ太ってしまった。あのころ着ていた学ランに再び袖を通すことはできないだろう。俺はいま26歳である。

《いま》

目が覚めたので朝っぱらに書く。

 

今朝(2月14日の朝)、父が末期ガンになる夢を見た。おまけにその夢は、父が死ぬ直前、母まで末期ガンを宣告されるという救いようのないものだった。夢のなかの母は、俺が思っていたよりずっと気丈に振る舞った。

 

さっきのは夢の話である。死の間際にあった実際の母がどんなふうだったのかは、まだ父に聞けてない。すごく聞きたいのに、聞けない。

父は心を病んだことがある。今だって、いつぶり返すかわからない。だから、彼の心を乱すような問いはなかなか容易にはできない。母の最期の言葉を聞いたのは父だから、彼の心情は察するに余りあるので、なおさら聞けない。いちどは愛した女の死、曲がりなりにも最後まで共に一家を守ったパートナーの死、に直面した父に、その最期の光景を思い出させるのは、俺だって気がひける。父のことがわからないから、なおさら億劫になる。

 

突然の発作に気を失おうとする母は、ただただ痛がっているだけだったと、母が死ぬ直前、父は言った。そのときの父はかなりの錯乱状態だったので、父の伝えてくれた「母の最期」は、いまでもあんまり信じられていない。

死を目前にした母は、俺たち子供のしあわせを願うに決まっている、と思ってしまうのが、いまの俺だ。

 

 

歯を剥き出しにして父母の死を願ったこともある俺なので、2017年2月14日の朝、夢から覚めてかなしくなることはなかった(ちなみに、母の死は1年半も前のことである)。でも、前にも母と父が同じ棺桶に入って焼かれる夢を見たことがあるから俺は、両親へのこだわりが捨てきれない自分を自覚して、だからこそ目覚めて少しだけ落ちこんだ。俺は物理的にも精神的にも両親から離れられていない。離れたいとは思うのだけれど、ずっとベッドに張り付いた俺の背中をシーツから剥がすのは、なかなか難しい。

 

 

オチなんてない。こんな状態をオチにしたくないから。

ドラマ版『火花』のラストはつぎのようなセリフで締めくくられる。

 

「生きている限り、BAD ENDはない。僕たちはまだまだ途中だ」

 

 

 

この文章は、東京のどこかで、《いま》生きている人によって書かれた。「いまを生きる」人ではない。いま生きている人だ。

 

 

 

AbstracTokyo

心が鬱々としているときは死にたいなあとか消えたいなあとかぼんやり思うもんだが、実際に体調が悪くなると死にたくないよおと泣く。

 

でも最近は心が鬱々としているときでも死にたくないなと思っている。死にたくない。死んでほしくない。こういうのって、死にたい消えたいってかすかに思うようになってからは初めてのことだ。死にたいとか消えたいとかって上京してから思うようになった。

 

上京がゴールだったから、故郷にいるころは辛いことがあっても死にたいとは思わなかった。東京に行きさえすれば、東京は俺を変えてくれるという希望があったのだ。まだ見ぬ東京に甘えていた。俺の心のなかで東京は具体的な像を結んでおらず、東京は抽象的な希望ってやつの別名に過ぎなかった。希望の実態を知りたくなかったからなのか、東京についての情報は全然入れてこなかった。

まばゆい光を放っているように見えた東京の実際は、俺のような甘えた田舎者の希望と欲望を飲みこむブラックホールだった。光さえも飲みこんでしまう黒い穴。東京が明るく見えたのは、東京に飲み込まれていく人たちが最後に放つ閃光のせいだったのか?

その点、ハナから東京に住んでいる人は東京を希望なんてシロモノと結びつけずに飄々としていらように見える。かっこいい。

 

東京イメージに甘えていた俺は、存外冷たい実際の東京にぜんぜんかまってもらえなかった。かまってもらう努力もしなかった。生粋の田舎もんは、東京に媚びることさえできなかった。辞書で「生粋」を引くと、「年が十六で、生粋の江戸っ子で」と用例が出てくる。谷崎潤一郎の自伝的短編「異端者の悲しみ」の一文らしい。

俺もふるさとほしいわあ、とのたまう生粋の江戸っ子や、たのしそうに踊ってる田舎もんを、暗い部屋のなか柔らかいベッドのうえで指くわえてスマホから眺めていたら死にたくなったり消えたくなったりした。

 

 

明日私は死ぬかもしれないんだよ、と言われてハッとした、イヤだ、と明確に思った。誰かが死ぬことを想像して本気でイヤだと思ったのは多分はじめてだ。言い過ぎだろうか?  両親が死ぬのを想像して悲しくなったこと、俺にもあっただろうか。俺はいつも彼らが死ぬことを考えていた気がする。それは甘美な想像だった。彼らが死ねば変われると思っていた。歯をむき出しにして彼らの死を願ったこともある。ふつうに愛されていたはずなのに。

 

私が養ったっていいけど、私がもし死んだら、その後きみがどうやって生きていくのか心配だ、と言われる。そんな風に率直に「心配しているよ」と誰かに言われたことがなかったから、嬉しかった。そして同時に心配をかけていることを申し訳なく思った。

両親はそんなこと俺に言わなかったが、恋人と同じように、心配していたんだろうか、心配しているんだろうか。母は死にまつわる話をきらった。縁起が悪いとイヤがった。そのわりに、電気を消したリビングに敷いた布団のうえでX JAPANの「Forever Love」を聞きながら「この歌聞くと死にたくなる」と言って、まだ幼いキョーダイを泣かしていた。

キョーダイはいつも「お母さんが死んだら自分は生きていけない」と言っていた。でも、まだ生きている。死なないでほしい。あ、キョーダイが死ぬのも心の底からイヤだな。しあわせになってほしい。

 

死は案外とつぜんやってくる。死は案外だらだらやってくる。いずれにせよ、自分が死んだら自分の死は他人ごとだ。だから、自分が生きるのは他人のためなのかもしれない。

恋人が死んだら俺が悲しむように、俺が死んだら恋人も悲しむ。俺よりも感受性が豊かだから、よけいに心配だ。だから、ちゃんと健康に生きなくちゃならない。今はもう自分だけの身体じゃないのだ。しっかりしたい。

 

生粋の江戸っ子と恋できたから、東京にしがみついててよかったと心から思う。しがみついてると言ったって、ここにいるだけだけど。それでも今は「俺はしがみついていた」と言いたい。

 

自力で這い上がるのは次の段階。引っ張り上げてくれる人がいるから自力だけじゃないが。

差し伸べられた手を掴むのも勇気が必要だった。掴んでしまったら、自分もがんばらなくちゃならないから。また人を裏切るのはイヤだったから。

でもがんばってみようと思えたのは、希望をいっしょに見られそうだから。希望はいまはっきりと像を結びつつある。東京で。