ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

記憶、この頼りにならないもの。

生後4ヶ月を迎えた子供の眠る頬を見ていると、野原しんのすけの輪郭に納得できた。あのいびつさが実はリアルだったということ。生きているといろいろ気づけるのでやっぱり生きていくほうがいいと思った。

 

娘を寝かしつけた妻と直近の未来を話し合って励まし合い妻には寝てもらった後、台所で洗い物をする。昔から洗い物だけは丁寧にしてしまう性分なので、自分たちの使った食器や哺乳瓶を洗い、ミルトンの溶液を替えているとあっさりと20分以上は経過してしまう。

洗い物を丁寧にしてしまうのは、死んだ母親に似たからだ。母はところどころ神経質なところがあって、食器はやはり入念に洗ったし、Tシャツも一切のシワがつかないようにたたんでいて、たたみなおすこともしばしばだったし……と、2つ書いたところで、ほかにはどんなことに母が神経質を発揮していたのかもう俺は覚えていなかった。もしかしたら、この2点だけだったのかもしれない。母の神経質、あるいは完璧主義は彼女を苦しめていた。おそらく、自分に求めるものの大きさと、自分の体力・胆力の間には広大なギャップがあって、そこを埋められないことにやきもきしていた。だから本当はすべてにまんべんなく神経を注ぎたかったけれども、できなくて、食器洗いと服のたたみ方の2点において、神経質を発揮した、と俺は思ってみる。ほんとうにそうだろうか。それは徹頭徹尾俺のひとりよがりな解釈に過ぎず、しかも、子供の頃の俺が見た母親を、現在の俺が思い出し、その断片たちを寄せ集めて解釈しているだけであって、そんなのはただただいびつな母を形成するだけで、リアルからはどんどんかけ離れていくのではないか。死人に口なしで母はこれを読んで反論・訂正することもできない。アンフェアがすぎる。書かないほうがよかったか。

この文章を自分で後年読み直すことがあったとして、その時には、クレヨンしんちゃんの輪郭のように、ある種のリアルを切り取っていたな、と納得できることがありえるのか。どうだ。

 

 

20分かけて食器を洗い終え、タオルで手を拭きながら、子供の頃の自分が、どうして今日のお母さんは僕らと一緒に寝ないんだろうと、さみしく思っていたことを思い出した。「これから食器洗ったり洗濯干したりするから」と言って、母はダイニングに引っ込む夜は少なくなかった。家事をしなきゃと言ってダイニングに消えた母を覗き見ると、だいたいぼんやりテレビを見ながらタバコふかしてビールを飲むか、キッチンで姉妹(俺の叔母)と電話していた。今になってわかる、そういう時間は親にも必要だ。でも子供のころは毎晩一緒に寝たかったのだ。

お母さんも一緒に寝ようよの願いが聞きいれられたのか、それとも母がその日はもう疲れてしまって寝ちゃおうと思っていたのかはわからないけれども、リビングに敷いた2つの布団の上に、母と妹、そして俺の3人で横たわった夜ももちろん何百回もあって、そのときの楽しさったらなかった。しかし今の俺に残っているのは楽しかった感覚だけで、ディテールはほとんど思い出せない。それはさみしいことだろうか。

ここまで書いてふたたび思い出す。俺は「お母さんも一緒に寝ようよ」なんてかわいらしいこと言ってなかった。それは妹の口から出る言葉だった。おれの口から発されなかったけれども、俺の言葉でもあった思いだった。「楽しさったらなかった」というのも毎回のことではなかった。叱られて謝らずに泣きながら寝た夜もあったし、ニュートラルな感情のまま寝た夜ももちろんあった。記憶、頼りにならない、でも、すがってしまう。たぐりよせようとすると、自分のほうが引きずられていってしまいそうになる。

 

しかし、この「お母さんと一緒に寝たい」という思いも、父親になった俺が食器を洗わなければ蘇ることはなかった。記憶が動作によって不意に掘り起こされる。だから生きつづけていれば、もっと過去に親しむことができるのだと思った。俺は今に生きて未来を指向しながら同時に過去を掘り起こしたり書き起こしたり書き換えたりできる。なにがリアルかなんてわからないし、自分の過去なんてあやふやだし、俺の母親は死んだし、俺と妻と娘は生きている。だから俺は書きたい。

 

妻がたまには一緒に寝ようよと水曜日の夜に言ってくれたのに、今日も一緒に寝られなかった。明日こそは家族3人、川の字で寝たい。

おもしろくなくていい

我が家の猫はきっとバズらない。活発に動き回ったり好奇心旺盛だったりするわけではなく、ふてぶてしく寝ているばかりで、その寝顔も真っ当にかわいすぎるわけでもブサカワイイわけでもない、ただ猫らしくかわいいだけ。

この猫がネットでバズるような仕草や表情を見せることはないだろう。洗い物をしながら俺のすね毛に頭をこすりつけるこの猫を見て、そう思う。ちょっぴり残念な気がしたような気がして、そんな風に思った自分に嫌気する。別に、バズってほしくてこの猫と暮らしはじめたわけじゃなかった。彼は彼のままスマホで最高の瞬間を捉えられる前に、身を翻しつづけていればいい。おもしろくなくていい、ただそこにいればいい。

 

おもしろくなくていい、というのは、俺や妻や赤ん坊にとってもそうなんだろう。別に、おもしろくなくていい。バズる必要なんてない。俺たちは俺たちの生活をただひたすらにやっていくだけだ。眠っている娘がニコニコしているのを見て、妻といっしょに微笑む。そんなベタな瞬間をただ積み重ねて、そっと生活していく。

 

まあ別に妻や娘、あるいは猫がよそで突然バズっても全然かまわないし、それはそれで喜ばしいんだろうが、俺はそういう心がまえでしばらくやっていこうと思う。

 

濱口竜介『寝ても覚めても』感想文 あっさりと真実を選ぶその身振りと華麗な翻意、切実さ。

寝ても覚めても』がとても良かった。

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この映画に出てくる登場人物たちは、自分の感情や正義に忠実に生きている。彼らの主義や言動は“一般的”には凡庸だったり反動的だったりもするけれども、本人たちにとってそれはとても切実なもので、たとえ人間関係が決定的に破綻するとしても、彼らは自分の思いに素直に行動する。その清々しさに胸を打たれる。

 

そう、『寝ても覚めても』はとても清々しい。濱口竜介作品に対して人が「真実」という言葉を使いたくなってしまうのもむべなるかな、この映画には登場人物それぞれにとっての真実が鮮明に刻まれていく。

劇中もっとも苦々しいのは、4人の若者がマンションの一室に揃うシーンだ。舞台女優として活動する女の演技を映像で見た初対面の男が、こんなのは全然ダメだとののしる。あんたのやってることは中途半端だ、と言って怒りをあらわにする。はじめて4人で顔を合わせた面々の食事会がとても気まずい空気に包まれる。こういう空気はほんとうにイヤだなと、見てるこっちがハラハラするいたたまれなさ。

もうひとりの男は映像を見終わった直後に「すごくよかったよ」と素朴に感想していたし、もうひとりの女は中途半端だというののしりに対して「私は◯◯のことほんとうに尊敬してる、すごいと思う」と心から語り、反論する。

女優志望の演技に対して、3つの異なる感想が語られていて、それらはすべてが真実だ。見る人が異なれば見え方も異なるという、いたって当たり前のことしかここでは描かれていないのだけれども、だからこそ僕らは驚く。こんなにもそれぞれの人たちが自分の真実をぶつけあう瞬間というのは、僕らが日々生きている暮らしの中ではなかなか起こらないからだ。

見せられた映像の演技が「中途半端だ」と思っても、演技している本人に対して「あんたは中途半端だ」と面と向かって言う人はほとんどいない。

自分の友人がののしられたときに、「そんなことないよ。私は彼女のこと心の底から尊敬している」と真っ向から反論できる人もそうそういない。

人は、おかしいと思ったことにおかしいと言わないものだし、気まずい空気になったら話題の矛先を変えようとするものだ。だから、僕らは、『寝ても覚めても』の登場人物たちが各々の真実を突きつけ合う素振りに戦慄する。そしてその戦慄は、クライマックスでも見事に炸裂する。原作未読の状態でこの映画を見た僕にとって、ふたりの東出昌大がスクリーンに同居した後の、唐田えりかの選択は痛快だった。道徳も忖度も思いやりも生活も、すべてをなきものにしてしまう衝動に突き動かされた人間の振る舞いは、真実であるがゆえにとても痛く、快い。

 

日常を守りたかったり、争いを避けたかったりするから、僕はほんとうのことを言わない、そんな瞬間が毎日のなかにたくさんある。日常と真実のどちらを大切にするか。両者は時に相反してしまうもので、僕らは引き裂かれる。けれども、『寝ても覚めても』に出てくる人たちは、あっさりと真実に手を伸ばし、それゆえに困難に直面する、そしてその状況を引き受ける。それを見た僕は清々しさを覚える。

 

寝ても覚めても』の素晴らしさは、真実を選ぶときの身のこなし方だけではない。彼らは、一時は“真実”だと思って選んだものが誤っていた場合には、実に鮮やかに、軽やかに、身を翻す。たとえば、「あんたは中途半端だ」と女をののしった男は、華麗な土下座で謝罪するし、終盤では唐田えりか演じる朝子も、実にあっさり「ごめん」と言って、来た道をひとり引き返す。彼らは「やっぱり違う」と思ったら、自らの過ちを素直に受けいれ、やり直すことができる。実にシンプルなことなんだけど、僕らにはなかなかできないことを、『寝ても覚めても』の登場人物たちはわりとあっさりやってのける。翻意の身振りも華麗だ。もっとも美しい翻意は、超ロングショットで映し出された、亮平の逃走と朝子の追走。状況としては実はまるで滑稽なんだけれども、あのシーンは愛の切実さへの祝福に満ちていると思った。

 

 

一人二役を演じる東出昌大がとにかくすごい。ここ最近見た映画だと『パターソン』のアダム・ドライバーの声がとても良かったのだけれど、麦を演じるときの東出の声はこれしかないという感じの幽霊感。『寝ても覚めても』の《寝てもサイド》が麦との日々で、《覚めてもサイド》が亮平との日々だとすれば、その両方を特徴づけるのは、なんといっても東出昌大の声の違いだと思う。もしもこの映画をサイレントでやったら、観客は今画面にいる東出が麦なのか亮平なのか、こんがらがってしまうのではないかと思うほどに、声の変化が効いていた。

オーディションで選ばれて映画初主演という唐田えりかの演技もほんとうにすごい。というか、演技ってなんなんだろうと思う。唐田えりかがクローズアップでスクリーンにいるとき、僕ら観客を彼女が眼差すとき、彼女はなにを演技していたのだろうか。ひたすらにむき出しの顔があって、僕はそれに戦慄し、鳥肌が立ち、彼女の表情になにかを感じる。そこで立ち上がるエモーションは、おそらく観客の数だけ無限にある。言葉で感想できなくたって、僕らの心に起こった波の形はひとつとして同じではない。
彼女の表情は自律的になにかを物語っているのではなく、僕らが彼女に物語らせるのではないか。無言の唐田えりかにはそんなことを感じる。

 

『火花』や『勝手にふるえてろ』の渡辺大知も素晴らしかったし、「ひよっこ」の伊藤沙莉もコメディエンヌとして効いていた。瀬戸康史もなかなかにあくが強い感じで好演だったと思う。若手俳優がみんな生き生きとして見えた。生き生きと演じている、というよりも、生き生きと生きている。そんな感触が『寝ても覚めても』にもあって、濱口竜介作品を見る醍醐味はこれだなと思う。

 

tofubeatsの音楽も良くて、エンディングの「River」は傑作。

平成のはじまりに昭和の終わりとしての「川の流れのように」があって、平成の終わりに「River」が生まれたのなら、それはとても良いことだと思う。

川の流れのように おだやかにこの身をまかせていたい」なんて悠長なことはもう言ってられない僕らは「とぎれることはないけど つかめない」愛を求めて沈みゆく《私/あなた》を、そっとすくいあげてほしいし、すくいあげてやりたい。切実に。

 

オーパッキャラマド

「きらきら星」を歌ってやると、我が家の生後4ヶ月弱の娘がえらく喜ぶことを、妻が発見した。歌いながら手のひらをひらひらさせると、手足をジタバタさせて笑う。泣きはじめたくらいのタイミングだったら、きらきら星を歌ってやると“きらきら光る”の段階で泣きと笑いが混じり、“おそらの星よ”と歌うころには、彼女の表面を笑いが凌駕する。

 

ためしにいろんな歌を聞かせることにした。いまの世の中はとても便利で、AppleMusicで童謡を探したら山のように出てきて、延々流すことができる。ひとりで子守をした日に、いろいろ聞かせてみた。

 

「きらきら星」の次に喜んだのは、「ブラームスの子守唄」だった。すぐにおとなしくなる。笑って喜ぶというよりも、聞きいるという雰囲気。僕もこの曲はとても好きなので嬉しかった。
ブラームスの子守唄」は僕が赤ん坊のころによく聞かされていた曲で、それは赤ん坊の顔くらいのサイズの、小さな雲形のクッション型のオルゴールから聞こえてきた。あかんぼうの僕が寝るベビーベッドの上方から吊り下げられた雲から聞こえる「ブラームスの子守唄」が潜在意識にこびりついていたのかどうかは知らないけれど、僕はこのオルゴールを小学校高学年くらいになってもよく鳴らしていた。

 

何曲か娘に聞かせているうちに、自分の思い出に寄り添いたい気持ちが強くなってきて、僕は「赤いやねの家」を流した。
夕暮れどき、和室の敷布団のうえで、娘にミルクをあげながら聞いてみた。

いつかいつかぼくだって おとなになるけど

ひみつだったちかみち はらっぱはあるかな

ずっとこころのなか あかいやねのいえ

号泣してしまった。大人になってしまった僕が子供のころ好きだった歌を、まだしゃべることもできない娘にミルクをあげながら聞いている。時間の重さに嗚咽した。この歌をせいいっぱい歌っていたころの僕は、この歌が描く、引っ越しがもたらすノスタルジーにひどく憧れていた。自分もおとなになったら、小さい頃住んでいた家や帰り道を思い出すんだろうな、と信じ切っていた。僕も当然大人になるんだと思っていた。疑いの余地がなかった。自分の現在が、ノスタルジックなものに変わっていくことへの甘美な期待があった。
そんなことを思い出しながら涙した。僕ら家族は転居してまもないこの海辺の家から秋には出ようと思っているから、そういった状況もあいまって感情はより揺さぶられた。僕の腕の中にいるこの赤子もいつかこれから来る幼少期を懐かしむのだなと想像したら滂沱の涙だった。

 

そのあとにシャッフル再生で流れてきた「クラリネットをこわしちゃった」にも感極まった。

「ぼくのだいすきなクラリネット パパからもらったクラリネット」俺はこの子に大切なものをどれだけ与えられるだろうか。

「とってもだいじにしてたのに こわれてでないおとがある」大事にしているものほど壊してしまうよね。たくさん練習したぶん、壊れる可能性も高まるのだし。

「パパもだいじにしてたのに みつけられたらおこられる どうしようどうしよう」俺はこの子が大切なものを壊してしまったときに叱りたくない、いっしょにきちんと悲しんだあとで励ましてやりたい。しかし、この歌の親子は親子いっしょになって大切にできるものがあってそれはそれでとても幸福なことだ。俺は自分の父となにか価値観を共有したことがないから、それはとてもうらやましいことだと思う。俺と娘はなにを共有できるのだろうか。

 

みたいなことをつれづれ考えた。
そして、極めつけが「オーパッキャラマド パッキャラマド パオパオパンパンパン」だ。この無意味な音の羅列が、すべてを許してしまう。大切なものとか説教とか落胆とかなんだか全部がどうでもよくなる陽気な調子がここにはあって、だから僕はここを聞いて泣きながら笑った。「キミョウキテレツマカフシギキソウテンガイシシャゴニュウデマエジンソクラクガキムヨウ」に通ずると思った。
調べてみると「オーパッキャラマド」は原曲そのままの歌詞だそうで、「一歩一歩進んでいこう」と父が息子を励ましているらしい。知らなくてよかった。

娘には、いつまでも不可知としてのオーパッキャラマド的領域を守ってあげたい。過ちも、無意味も許していきたい。……これはロマンチックにすぎるな。

 

娘は昨日あたりから自分の足を手でつかむようになった。自分の体の輪郭を確かめているようだ。まだ生後4ヶ月弱なのに、体のクセがあるらしく、いつも左手で両足を触りつつ、右手はおしゃぶりをしている。よく泣き、よく笑う。僕が笑いかけるとマネして笑ってくれる。泣くことは本能的にできるけれども、笑い方は覚えていくものらしい。

妻は笑い方がとても上手で、僕はそれを好きになった。もちろんこれは笑顔が素敵ということでもあるんだけど、喜びや楽しさを顔に浮かべるその技術が長けているということでもある。そして、これは練習の賜物であるような気がする、と思って、感心し、尊敬したのだ。

僕はとにかく笑った顔がブサイクで、ときには「笑顔が怖い」なんて言われることもあるくらいだから、娘は妻と同じように笑顔が上手になるといいなと思う。だから、僕の笑顔をマネさせるのはあまりよくないことなのかもしれない。

 

「笑顔の絶えない家庭にしたい」ってとても凡庸な願いでつまらないし、笑顔が絶えることをも肯定できるような関係性のほうがラクだし温かい気がする、とか思って生きてきたけれども、やっぱり妻と娘は笑っている顔をなるべく多く見たい。凡庸になっていくことを素直に受けいれていこう。

「受けいれていこう」とタイピングしようとしたら「受けいれ抵抗」と変換してしまって、僕はなんだかいつまで経っても引き締まらないな。

 

 

 

 

子供のころにできた友人と、大人な付き合いしたくない

妻は友人が多い。俺は友人が少ない。

妻は人が好きだから、人からも好かれるのだと思う。妻はとてもいい人だ。

ひるがえって俺は、やっぱり人がそこまで好きじゃない、人にあまり興味をもてない(話がずれるのでかっこで話すが、人に興味がもてない自分に気づいてしまったから、最近の俺はブログをよう書けなくなってしまった。俺は俺の見方でしか世界を見ることができないので、俺が人に興味をもてないように、人も俺に興味をもたないんだろうなと思うと、自分語りばかりになってしまう俺のブログなんて誰も読まないだろうとごく当然の理路をたどり、そう結論してしまった。でも、いろいろあって書くことにしました)。
人が好きじゃないから、友人が少ない。少ない友人とも定期的に連絡を取り合ったり、会って話したりすることができない。 でも、寂しさを覚えることはあるので、思い出したように連絡をしてしまう。ほんとうは毎日1分くらいは彼らのことを考えているというのに。
最近、友人と会わないときに感じる寂しさよりも、会ったあとに感じる寂しさのほうが大きくなった。世界が違ってしまったんだなと実感するからだろう。
世界が違ってしまったと感じているときの俺は、どこかで被害者ヅラというか、置いてけぼりを食らった子供みたいにすねた気持ちでいる。
それはとてもダサいことなので、だったら最初っから過去を共有する友人たちとはあまり会わないほうがいいな、となってくる。

 

今の俺は、妻のおかげですてきな人たちと出会い、友人になれた、それはほんとうにありがたいことだ。しかも、彼らはだいたいにおいて思慮深く、品があって、頭がよく、そして、やさしい。人間同士の距離感もほどよい。すごく大人だなと思う。彼らは節度のある距離を保ちながら、ときには温かい手を差し伸べてもくれる、たとえ俺がその温かい手を握らなくても、彼らは怒ったりすねたりもしない。やさしく見守ってくれる。見返りなんか求めていない(俺に見返りを求める人はいない、もらえるわけがないので)。

 

ここまで書いて、はたと気づいたが、俺は、過去を共有する友人(回りくどい言い方をしているが、これは学生時代の友人ということ)たちとは、できるかぎり距離を縮めたいと思ってしまっている。学生のころのように、連絡をすればすぐに集まれる、どころか、決まった場所に行けば、必ず誰かがいる、そういう状態が、彼らとの付き合い方の理想になっている、というか、昔はそうだったじゃん。
子供のころに出会った彼らとは、もちろん子供同士の付き合いをしていた。今さら、大人の付き合いをしようなんて思えない。だけど、彼らは、大人の距離感で子供のころの友人(俺)と接しようとしている。殺生な。そのあべこべが俺を傷つける。でもまあ、昔が理想になってしまっている俺のほうに問題があることはわかっている。だから、ひとり、すねる。

 

 

妻は俺より年上なので、彼女の友人も年上のことが多く、だから、あたらしくできた友人たちを「大人だ」と感じるのは当然なのかもしれない、と思ったけど、やっぱりそんなことはなくて、年上でもろくでもない人間はけっこういる。だから、あたらしくできた友人たちが大人なのは、妻も相応に大人だからってことで、大人同士が仲良くなっている。
そんな大人な妻が、なんで俺みたいな友人の少ない子供みたいな人間と結婚してくれたのか、けっこうふしぎだ。

 

こないだ、転職活動の帰りにカフェバーで飲んできた妻が、お店に占いできる人がいたから占ってもらったよ、と言う。「やっぱり私は人の才能を見る目があるんだって。だから、らさ君(これは俺のことです)もきっと成功するよ」と笑う。ありがとう、と思う。占いを、妻の見る目を、裏切ってはならないとも。

 

 

最近の俺は妻に「俺のどこが良いの?」と聞いてしまう。自信がないのだ。妻と出会ったころの俺は、まだニートで、だから世の中を知らなくて、それゆえに得体の知れない自信があった。でもいまは、からきしどつぼだ。

結婚前はこんな卑屈なこと思わなかった。俺には俺の良さがあるし、彼女には彼女の良さがあって、その良さがお互いにフィットするから、いっしょにいる。レゴブロックのようにシンプルだった。だけどいまはなぜ妻が俺なんかを選んでくれたのかがわからない。ふしぎだ。 

仕事を始めてまもないなりに、いろいろやってきて、自分がほんとうに何もできないことを知ってしまった。この何もできなさを乗り越えるような才能がないことも知った。仕事を乗り切る胆力がないことも知った。仕事がうまくいかないと、不機嫌になってしまい、家の空気を乱してしまいような人間が自分なのだ、いうことも知った。

 

こうやって書きながらわかったけれど、俺の自信のなさは、妻とふたりの関係性において生じているものでなく、あくまでも仕事においてのことであって、だから極端な話、妻には関係がなかった。

俺はものごとをわけて考えるのが苦手なのだ。いろいろこんがらがって、よくわからなくなっている。まあ、仕事始め、結婚、引っ越し、出産と、人生のエポックメイキングが全部同時にやってくるというヘタな脚本を展開しているので、よくわからなくなるのも当然っちゃ当然なのだけれど(「「ヘタな脚本=つまらない」「よくわからない=辛い」ではないです、一応、念のため)。

 

妻の友人たちとの距離感がほどよいと感じるのは、仕事の話をしないから、かもしれない。彼らは仕事の話を一切しなくても、人と時間を過ごせるのだ。それはやっぱりすごく大人なたしなみだと思う。だからこそ、そういう人たちと仕事の話をするのは楽しいのかもしれない、俺が大人になれれば 。

 

そういえば、過去を共有する友人たちとひさしぶりに会ったおりに、仕事の話をふっかけたのは俺のほうだった。ひとりは「お前らと会ってまで仕事の話したくないよ」と苦笑いしてたや。俺は、やっぱり、彼らとは子供のころと同じように接したいんだな。大森靖子にインタビューしたんだよって自慢したいんだよ。大人同士は自慢しない、俺は子供だから自慢したい。

 

 

28歳になって、仕事もはじめて、結婚もして、子供も生まれたってのに、パパはいまだにこんなことを考えているよ。

気づきたい

むかしは妻と散歩しているときに、おもしろいとこに気がつくね、と言われたものだったけど、いまの俺は何にも気づいてない。仕事のことで頭がいっぱいになるか、自分に至らなさにイライラするか、娘かわいいなあと思っているか、妻と結婚してよかったなあとぼんやりするか、のどれか。

そもそも散歩をしなくなった、寄り道はするけど。目的地に向かって歩き、家に向かって歩く。ただただ歩くってことがなくなった。

 

あかんぼうがもう少し大きくなれば、散歩をする機会も増えるだろうけど、そのときの俺はあかんぼうに意識が向かっているはずなので、町や自然に気づくことはできないんじゃないか。そして、あかんぼうが幼児になったときには、彼女の気づきに圧倒されて、俺は自分がかつて気づける人だったことも忘れてしまうんじゃないか。そんな焦りがある。

 

今日は娘を妻に見てもらっているあいだに、1ヶ月半前に借りた本を図書館に返しにいった。4冊借りたけれども、どれも読みきれなかった。予約者がいなかったことだけが幸いだった(予約者がいないから急いで返しに行かなかったというのもある。早く返しに行けばいいのに、図書館のHPで利用者のページを開き、予約がないことを確認して安心していた)。
本を返したあと、書棚のあいだをうろうろした。いろんな本がある。いろんな本を手に取る。話題になってる本、昔から気になっていた作家の本、料理の本、写真集と小脇に挟んで、そろそろ帰ろうとした瞬間、俺はいつまでこんなことを続けているんだろうかと思う。
本のあつまっている場所は、可能性に満ちている。この本を読み終えたとき、俺は決定的に変わっているんじゃないか、という予感が俺を本のある場所にいざない、縛りつける。でも、本を借りてきても、本を買ってきても、俺はその可能性を、本棚や押し入れの奥に忘れてしまう。そんなことをずっと繰り返してきた。ずっと繰り返しているなとずっと前から気づいている。

 

もう可能性はいらないと思う。決定したい。諦めたいとも、受けいれたいとも違う。進むべき道を知りたい。

 

 

図書館からの帰り道、川を渡る。橋のうえに佇んでみた。ぼうっとしてみようと思った。欄干に腕をのせてもたれかかり、川上を望む。夕方にこんなところにぼんやりしていたら、通行人に不審がられるかなと思ったが、隣の橋のうえにも女性がふたり立ち話をしていたし、川沿いでは3人のおじさんが釣り糸を垂らしている。オレンジのタオルをはちまきにしたおじさん、ピンクのタオルをねじりはちまきにしたおじさん、キャップをかぶったおじさん。みんなぼんやりと川面を眺めている。みんなおじいさんに近いおじさん。こんな川でいったいなにを釣ろうというのだろうか。もしかしたら、ぼんやりとする口実に、釣りをしているのかもしれない。川を挟んで向かいにある駐輪場の係のじいさんもぼんやりしていた。
道端でぼんやりと時間を過ごしている人は意外と多かった。

 

この橋から海までは1キロもない。8月、この先にあるレストランに家族3人で行った。妻の誕生日だった。プレゼントしたネックレスを妻につけてもらって出かけた。あかんぼうが生まれるとネックレスやピアスの類は抱っこの際に邪魔になるから身につけなくなる、と聞いたことがあったから、あえてプレゼントした。家族で出かけるときは、できるかぎり俺が娘を抱っこするという意思表示のつもり。よく似合っていると思った。

妻の妹から、譲りうけたベビーカーに娘を乗せて、自宅からレストランまで海沿いをひたすらに歩いた。途中で立ち止まり、海を背景に、ベビーカーに座る娘を写真に撮ったりした。まだ青い夕方の空に、とんびが浮かんでいた。海風を正面から受け、同じ場所に静止していた。娘の表情はけわしくてかわいらしかった。

ベビーカーを使った外出はその日がまだ2回目で、レストランにベビーカーで入るのははじめてのことだった。妻はソファ席に座ってもらい、俺はイスに腰掛け、かたわらにベビーカーを置いた。この日はたらふく飲んで食べようと以前から決めてあって、お昼も抜いていたくらいなので、前菜だけで4品くらい頼んでしまった。カクテルシュリンプを口に放り、アヒージョを味わい、マッシュルームグラタンが美味で、バッファローウイングチキンに満足し、ビールで流しこんだ。その間、おとなしくしていた娘もやがて泣き出してしまい、抱きあげてなだめつつ、食べて飲んだ。楽しかった。

その日、俺は前菜が終わるくらいのころまで、涙が出そうだった。「なんだか、とっても家族をしている」と実感し、感動してしまったのだ。おそらく、ベビーカーが与えてくれた余裕が、レストランまでの道のりを散歩にしてくれたというのが理由のひとつ。抱っこひもでこの距離を歩くのはしんどいから、気持ちにゆとりを持てなかっただろう。また、レストラン側が、あかんぼう連れだから気を使って、人がまだ少ないエリアのテーブルに案内してくれたのもよかった。周りに別のお客がいたら、いつ泣き出すかわからないあかんぼうを傍らにおいてゆったり食事するなんてことはできなかったはず。ありがたかった。

 

でも、感動してしまった最大の理由は家族そろってはじめてのレストランだったからだ。自分が幼少のころ父と母に連れてきてもらったように、俺はいま、自分で選んだ家族と一緒にレストランにいる。そのことがえらく感動的だった。いつもいっしょにいる家族と、特別な日に、特別な場所で食事をする。子供のころは《それだけ》のことだったのに、いまはそれだけのことのために、どれだけの日常を積み重ねてきたかを知っているから、涙も出そうになる。なんだか親ってのは厄介だ。

 

食事の最後に記念撮影のサービスがあったので、撮ってもらった。娘はおびただしく泣いていた。昔は、記念写真の瞬間に泣いている他人の子供を見るたびに「泣いている写真もまた良い思い出になるんだろうな」と考えていたが、やっぱり、自分の子供には笑っていてほしいと思ってしまった。これが親か。やっぱり厄介だな、親は。

 

俺は橋の上でぼんやりしながら、親である自分の厄介さに気づいていた。子供にとってはたった《それだけ》のことでも、俺にとっては涙の出ること。子供にはずっと笑っていてほしい。そういう思いを持っているけれども、子供にそれだけのことをしてあげている、とか、笑ってもらうためにこれだけのことをしてきた、とか考えないようにしたいな、と思う。

 

そういえば、俺の父はぜんぜん押しつけがましくなかった。「俺はお前にこんなに良くしてやったぞ」という素振りを見せたことがない。立派だと思う。俺が2年間ニートをやっていたときも、小言のひとつも言わずに、生活費をぜんぶ仕送りしてくれていた。すごいことだ、ほんとうに。実感していく。凡庸だ。でも、いままでの俺は気づいてなかった。

 

いまの俺はすごく生きている。でも、この生きている時間のさなかにあって、振り返る時間をもたないと、すべては流れ去っていく。だからこうして橋の上に佇んで、バス停のベンチに腰かけて、公園の芝に寝そべって、ぼうっとしたい。いろんなことに気づきたい。せっかく生きているのだから。いろんなことに気づきたい。穏やかな時間をたくさん持とう、そう決意しながら橋を渡り終えると、赤い電車が来ることを踏切が伝えたので、小走りに線路を渡った。

猫の聖水

隣で寝る赤ん坊が身じろぎをしてつられて目覚めた朝、赤ん坊の背中をとんとんとたたきなだめていると、猫が部屋に入ってきて、敷布団に横たわる俺の足元に座りこんだ。彼の神妙な面持ちに、これはおしっこだ、と寝ぼけた俺は気づくが、すでに出し始めている彼をどうすることもできない。猫を見つめながらうなだれた俺の、ため息と、猫への呼びかけに、気づいた妻も起きてくる。
「どうしよう」と俺が言うと妻は「待ってるしかないよ」と言った。猫はたっぷりと用を足し、部屋を出ていった。それは布団を通過し、畳まで濡らした。
朝日ものぼる前、妻とふたりで、おしっこをする猫を見つめていた。薄闇の猫はわれわれに見つめられていることを知ってか知らずか、身じろぎもせず、ひたすらに小便を垂らしていた。
あの薄暗い時間は、なんだか静謐で、教会を思わせた。しかし、この聖水はとても臭い。

 

さいきん猫が粗相をする。寝室のベッドも汚されたし、バスマットも濡れたし、室内用のスリッパも捨てることになった。朝、寝ぼけ眼でトイレに向かい、猫の小便を踏んでしまったときは、一日のスタートから気が滅入ってしまった。

 

猫も引っ越しや赤ん坊の登場といった環境の変化に戸惑っているから、うまく用を足せなくなってしまったのだ。

彼は妻の連れ猫で、俺はまだ彼と出会って1年経ってない。このアパートに転居するにあたって、妻の荷造りを手伝いに彼女の部屋に初めて足を踏み入れたとき、俺は彼と出会った。俺にはわりとすぐに慣れてくれて一安心だった。しかしその直後、彼は慣れ親しんだ妻の部屋から出るという最大の変化を味わう。

昨秋、彼はわれわれ夫婦とともにこの部屋に転居した。
それにくわえて、初夏には赤ん坊が家にやってきた。この1年、猫の戸惑いはいかほどだったか。

 

それまで比較的健康だったらしい彼は、この家に越してから1年の間に2回膀胱炎にかかってしまった。ストレスでうまく用を足せなくなってしまったのだ。
当時は妻も妊娠中で体調がすぐれないことが多く、二度とも俺が動物病院に連れていった。尿が体に溜まりグッタリしたにもかかわらず、ゲージに入れようとすると、彼はなけなしの力を振り絞って嫌がった。それをなだめすかして、というよりも無理やり籠の中に突っ込んで、俺は、彼を徒歩15分かけて動物病院まで連れていった。
まさに借りてきた猫状態で診察台に上げられ、カテーテルを通される猫。
管の先からぽたぽたと垂れる尿、その濃い黄色が悲しかった。

 

イメージの猫は、もっと勝手気ままに家のなかでくつろいでるものだと思っていたが、彼は甘えん坊だった。かわいいのだけれど、今はどうしても生まれたばかりの娘に気を取られて、かわいがってあげる時間がほとんどない。申し訳なく思う。だから、部屋中におしっこやうんちを撒き散らす彼のバイオテロを、俺は叱ることができない。

 

しかし、昨日見た映画の主人公夫婦は、毎月一回東北にボランティアに行く土日に、飼い猫を友人夫妻に預けていた。猫は家につく、という言葉は妻から聞いて知ったのだが、あの猫は、毎月の宿泊にストレスを感じなかったのだろうか。
というか、映画に出る猫はすべて、自宅から離れて撮影に望んでいるわけだが、ストレスを感じないのだろうか。どういうしつけをすれば、猫は俳優になってくれるのか知りたい。別にうちの猫に俳優になってほしいわけじゃないけれど(当たり前だ)、おしっこをトイレでやる、くらいの振る舞いはパーフェクトにこなしてほしい。

 

「猫かわいがり」という言葉があるけれど、猫は抱きしめて頬ずりなんかすれば逃げ出してしまう。どんなふうにやるのが、猫かわいがりなんだろうか。

 

娘が生まれた時、猫のほうがずっと重かったのに、先日ひさしぶりに猫を抱っこしたら、その軽さにびっくりした。いつのまにか娘のほうが重たくなっていた。それだけの期間、俺は、猫を持ちあげることをしていなかったのだった。
猫は俺の腕のなかを嫌がって、すぐに離れていってしまった。部屋の端っこに佇み、俺をじっと見ている。はやく、娘が彼を抱っこするようになればいいのにな、と思った。
猫の聖水の香りが、台風に溶けていく夜。