ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

育児記録20190110

育児記録、だいぶ前にnote(らさ|note)で書いてたんだけど、記録ならブログのほうが適切かと思い、こっちで書きつぐことにした。日記でなく記録なので毎日書くわけではないといういいわけを最初にしておく。

 

起床即だるい。昨夜も銭湯に行くつもりが強烈なだるさに勝てず、倒れるように寝た。

俺のだるさを見かねた妻が、半休を使って14時くらいに帰宅してくれた。妻と娘の世話をバトンタッチして、病院に向かう。

この倦怠感の原因は間違いなく副鼻腔炎のせいなので、耳鼻科に行く。耳鼻科に行くのは、学芸大学にひとり暮らしをしていたときが最後だから、約2年ぶりのはず。もっと前かもしれない。

 

昨年転居たので(おととしも転居している)、今回ははじめての病院に行った。年明け間もないことやインフルエンザの注射待ちもあったため少し待ったが、いざ診察が始まると手際がよく、鼻の穴を覗かれ喉を見られ鼻水吸われたり何かしらを噴射されたり頭部のレントゲン撮らたりという一連の流れがものの5分で終わった。副鼻腔(鼻の横の空洞)の具合を見るためにレントゲンを撮るのだが、医者がその旨を告げ俺が移動すると、レントゲンブースの前にはすでに看護師がスタンバイして、モスグリーンの重たいチョッキを広げていた。分厚いチョッキはおそらく被曝防止用。

 

俺の頭部の写真を見るとたしかに顔の左側、鼻から横一直線に白くなっている。膿が溜まっているからだ。これが倦怠感の元凶。炎症を抑えたり膿を排出したりするための薬を処方してもらい診察は終わった。

 

耳鼻科で診察後に行われる「吸入」、あれの意図がよくわからないのだけれど、今日もきちんとやらされた。診察室の出口(耳鼻科の診察室の出入口が分かれているのは、診察台と吸入スペースを区切るためだと思う)前にイスがいくつか並べられており、そこに腰かけ、目の前の機械から伸びるホースの2つに枝分かれした先端を鼻に突っこみ、蒸気を吸いこむ。20個くらいの小さなランプが全部消えたら吸入終了、その間3〜4分くらいか。吸入中は蒸気が水滴となり、鼻からこぼれるので備えつけのティッシュで都度拭く。のだが、今回はまったく水滴が垂れてこなかった。小学生のころから鼻が悪く、何度も行ってきた「吸入」だが、今回がいちばんうまくできた。水滴が溜まらないくらいきちんと吸入できたのだろう。今回こそ、副鼻腔炎を治せそうな気がしてくる。治るものなのかわからんが。それにしても医者のちょっとした処置と吸入のおかげか、少し調子が良くなった。2週間後にまた行く。

 

最寄りの薬局で薬をもらう。薬局は耳鼻科の入ったビルの1階にある、ここはクリニックビルだ。他には整形外科、眼科、内科が入っていたと思う。耳鼻科の診察は比較的スムーズだったが、薬を求めた患者が4つのクリニックから集まるので、薬局は混雑していて、30分以上待たされた。滝口悠生『高架線』を読んだ時間をつぶした。

俺の前に呼ばれた女子高生が、清楚で、もはや幻想とでも言いたくなるほど高潔な感じで、すばらしかった。足首までの白い靴下、眉のあたりで揃えられた前髪と短めのポニーテール、控えめな咳。おそらく学校指定のPコートを着たまま、何をするでもなく長椅子に腰かけ、彼女は薬を待っていた。生まれ変われたら、あんな女子高生になりたい。

 

薬を受け取り、妻の「病院のついでに息抜きしてきなよ」の言葉に甘えて、夕暮れ時の街をひとり歩いた。前野健太『サクラ』と桑田佳祐『がらくた』を聴きながら暗くなるまではとぼとぼ歩き、隣の駅のブックオフで散財をし、電車に乗って帰った。独身のころは、というよりニートのころは、といったほうがしっくりくるような時代には、こうやって無為に歩きながら、いろいろな音楽を聴いていた。あのころはどんなに歩いてもどこにも行けず、ワンルームに戻ると、無駄な時間を過ごしてしまったと自己嫌悪に落ちた。今日はまったくもってリフレッシュの散歩になった。結婚してよかったと思う。前野健太が歌う。

 

宇宙の元はなんなの

誰がつくったの

果てがないよ

だから君が欲しいのか

だからたまにひとりになりたいのか

「嵐  〜星での暮らし〜」

 

帰宅して妻と夕食をとりながら「あいのり」を見る。あいかわらずのでっぱりんと、スタジオトークのつまらなさに辟易とする。トムのキャラが仕上がってることと、AIの頭の良さが救い。「あいのり」の登場人物たちはあまりにも素朴でちょっとバカっぽくさえ見える、そこが魅力でもあったんだけど、バカばっかだと飽きがくる。AIは救済。「あいのり」は旅の疲れもあって、みんな頭が回ってないのかもしれない。疲労しているあいのりメンバーはともかく、スタジオメンバーはとにかくなんとかがんばってほしい。若林、春日、河北恋しい。

しかし、「テラスハウス」、「手つなぐ話」ってなんだよ!最高だな!

 

今夜の娘はテンションが異様に高かった、今日最後のミルクをあげても、きゃはきゃははしゃいでいる。妻がいつもより早い時間から家にいたからだろうか。

寝室に連れていきベッドに寝かせてもダメ、うつ伏せにしても首を持ちあげへらへら笑っている。背中をとんとんと叩いてやると少し寝たけど、止めるとまたすぐ起きる。そんなこんなで1時間以上、眠らない娘につきあっていて、ふとおむつを確認したらうんちをしていた。きょうはもうすでに2回していて、いつもは朝の1回だけだから日に3回もするという想定に至らず、気づくのが遅れた。しかし、うんちして不快なら泣けばいいのに、なぜこの子はテンションが上がるのだろう。どこの子供もそうなんだろうか。うんちの前後にテンションがハイになるというのは聞いたことがあるけど、うんち後数十分にわたってご機嫌になるのは不可解。寒い季節、うんちで暖を取れるから嬉しいのだろうか。

 

おむつを替えてしばらくすると寝た。ほんとうは娘を寝かせたあと、リビングで今日のブックオフの戦利品を確認したかったけど、遅くに寝室に戻るとき、やっと寝かせたあかんぼうを起こしてしまっては申し訳ないなと思って、同じタイミングで布団に入った。しかし、さっきコーヒーを飲んだばかりで眠れるわけもなく、こうやってスマホで記録をつけている。

今朝までのだるさは落ち着いていて、おだやかな夜。妻のいたわりのおかげ、ありがとうございます。

 

これは一応育児記録だったよ。子供を育てる親の記録。

 

noteに付けてた過去の記録を載せておきます。

 

「かわいいね」だけでいい

みんな世の中はクソだって言っており、その世の中をつくっているのはまぎれもなくみんなだからおもしろい。

懸命に生きるしかない。世の中はクソだとは、やはり言えなくなってきた。俺がクソなんだ。

 

 

娘への「かわいい」が足りてないと思う。俺と妻はことあるごとに「かわいい」と言っている。言わずにはおれない。あいくるしいから。

しかし、人びとからのかわいいが圧倒的に足りてない。こないだ、旧友が娘に会いにきてくれたが、「お前に似てるなあ」「目が大きい」「まつ毛長い」くらいしか言ってもらえた覚えがない。「かわいいなあ」の一言でいいのに。いちいち言及ポイント見つけてくれなくていいよ。なにはなくともとりあえず「かわいい」と言ってやってくれ。

友人が、娘の写真を地元の友人たちとのグループLINEに送ったら「えらいカメラ目線だな」というコメントしか付かなかったのも根に持っているからな、俺は。

男どもは「かわいい」と発声することに未だためらいがあるのだろうか。さっさと言え、「お前の娘かわいいな」と言え。

 

しかし、道や駅でベビーカーを押す俺が立ちすくんでいるとき、年寄りの女性たちは「あら〜」なんて言いながら近寄ってきて娘にむかって「かわいいねえ」と言ってくる。娘のことを心底かわいいと思っているから俺は、「そんなことないですよ」と謙遜するわけでない。かといって話下手だから「そうでしょう、かわいいんですよ」と話を継ぐこともできない。ただただへらへらする。気持ち悪い笑顔で娘を見つづける俺に困ったおばあさんたちは、俺が「そうでしょう、かわいいでしょう」と言えるように「娘さんかわいくてしょうがないでしょう?」とベリーイージーなパスをくれたり、「7ヶ月くらい?」と尋ねてくれたりする。電車がホームに入ってきたり、信号が青に変わったりすれば「ごきげんよう」「さようなら」と言い交わして彼女らとは別れる。二度と再会することのない人ほど、うちの娘に気安く「かわいいね」と言ってくれる。これはいったいどういうことなんだろう、考えるのはめんどくさいからこの問いは放置する。

 

俺はひとみしりなので(親父になったというのに「ひとみしり」だなんて情けないったらありゃしない)、年寄りたちが話しかけてくるのはうっとうしいんだが、最近は割り切っている。子供を持つというのは社会からやたらめったら話しかけられるということだ。それに、娘がかわいいと言われてイヤな気するわけない。 

 

あかちゃんはただそこにいるだけでいい、彼女に対して余計な言葉を貼りつけないであげてくれ、「かわいいね」だけくれ、頼む、これは、親のエゴか?

 

自分の子供に「かわいいね」と言いまくるなんて芸のないこと、そんなつまらない親にはなりたくなかった。けれども、幼い親子のあいだに芸なんて必要なかった。でかくなったらどうせ要らない言葉ばかり覚えていくんだから、今は「かわいい」をひたすら投げまくる。

 

親になっても思うのは、よその大人が自分の子供をかわいいというために聞かせてくる話はやっぱりつまらない。

 

2018年、救いを求めてしまった10曲

2018年は、人生でもっとも音楽を支えにしてしまった年だと思う。なにかといえば音楽を聴いて泣いてた。街や海辺、人気のない夜道を歩きながら、洗い物をしたり洗濯物を干したりしながら、ソファに横たわりながら、ライブハウスに立ちながら、音楽を聴いては泣いてばかりいた。というわけで、去年救いになった10曲をまとめた。これが俺の2018年でした。救い、とか言ってるだけあってなんだか湿っぽい。順不同です。

 

1.小沢健二アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)」

 

“本当の心は本当の心へと届く”や“神は細部に宿るって君は遠くにいる僕に言う 僕は泣く”に涙した。

俺はまだ“本当の心”を手にいれてないから、小沢健二の自身に対する揺るぎない確信、本当の心を持っているという自負がまぶしすぎて、くらくらする。“神は細部に宿る”という陳腐な言葉も、“君”から“僕”を通じて俺の耳に届くから、真理として響く。

歌詞内容はあまりにも正しくて本来なら忌避してしまうようなものなのに、スッと入ってくるのが不思議だった。それは多分この曲の軽やかさが理由だろうし、また、歌詞が小沢健二の言葉に終始していなかったからだったんだとも、今になって思う。二階堂ふみ吉沢亮ポエトリーリーディングも効いていた。映画はまだ見れてない。

 

2.大森靖子「東京と今日」

‎大森靖子の"東京と今日"をApple Musicで

大森靖子の“忘れてなさ”がすごいと思う。というか、未だにこの歌詞に描かれた想いを東京に抱いているのだろうな。敵わない。

大森さんは「私にとって東京は自分ごとだから、風景としては歌いたくない。飛行機から見下ろすんじゃなくて、自分が今いる場所としての東京を描きました」と言っていた*1。その想いが楽曲に過不足なく反映されているからだろう、実際この歌は、東京に憧れた20歳までの俺、東京に救われなかった26歳までの俺、東京に生きはじめた26歳からの俺という三様の俺を救済してくれた。

 

この歌はとにかく歌詞がとんでもないと思っていて、特に、“狭いといわれる空に 狡いといわれる僕が すべて失ったぶったとこも見られていた”の“すべて失ったぶった”が絶妙じゃないですか? おそらく「学者ぶる」の「ぶる」を過去形にして、「失ったふりをした」とか「絶望をきどっていた」という意味を歌っているのだと俺は思うのだけれど、その意味がことさら際立っているのは、ここの音の連なりの巧みさゆえじゃないか。「べ」と「ぶ」の連なりと、「っ」の連続、「す(su)」「う(u)」「ぶ(bu)」の押韻なんかのすべてが作用して、強烈な印象を与える。圧倒的な才能。嫉妬することすら叶わない。ちなみに大森さんは“狭い”と“狡い”の字面で韻を踏んだ、とも言っていた。

“僕はもう大人だから願いごとは僕で始末をつけるのさ”って詞は、ことあるごとに口ずさむけど、なかなか実行できない。

 

3.tofubeats「RIVER」

‎tofubeatsの"RIVER"をApple Musicで

どうしても映画『寝ても覚めても』のエンディングであることと切り離せなくて、映画と楽曲の相乗効果ありきでよかったと言ってしまう。

去年は大森靖子「死神」「きもいかわ」や小沢健二アルペジオ」、ceroのアルバム『POLY LIFE MULTI SOUL』も含めて、“川”をモチーフにした歌に気をとられることが多かった。でも、どの曲も川に込めた意味はまったく違う。川はたえず流れるけれど、淀んだり反射したり死体を海へ流したり再生の海につながっていたりする。その多義性を網羅しているのが「RIVER」の“いろんな愛を集めた色のようだ”だと思う。

 

4.卓球と旅人「今夜だけ」

今夜だけ

今夜だけ

  • 卓球と旅人
  • エレクトロニック
  • ¥250

これもけっきょく『DEVILMAN crybaby』9話のエンディングが鮮烈だったから心に残っている。あのエンディングを思い出しながら何度も再生した。

朴訥とした歌詞が、ループするトラックの上で鳴る。昇華することもなく鳴り止んでしまう歌がひたすら切なかった。“どんなに僕がおかしくなっても そばで笑ってくれよ”って言っておこう、誰だっておかしくなっちゃいうるので。

 

5.サニーデイサービス「完全な夜の作り方」

完全な夜には、テレビも音楽も要らない。でも、完全な夜にたどり着くまでの、くだらなかったり何もなかったりつらかったりする幾夜をやり過ごすためには、テレビや音楽が必要だった。そういうふうに聴いた歌。

曽我部恵一は今こそ俺のヒーローです。あんなふうなかっこいい男に、父に、なりたい。

5月に行ったライブは、音源化されたこともふくめて最高だった。あの夜は俺にとって必要だった。

6.butaji「抱きしめて」

抱きしめて

抱きしめて

  • butaji
  • ロック
  • ¥250

butajiの歌声をはじめて聴いたときは、玉置浩二に似てる!と思った。けれど、butajiにはほとんど男臭さがない。代わりに、品と哀しみを携えて寄り添ってくれる。玉置浩二には圧倒してくるが、butajiは抱きしめてくれる。いまこの日本のどこかで、俺と同じように苦しんでいる人がいることを、この歌で実感できた。 俺も頭を抱えている。

 

7.折坂悠太「平成」

‎折坂悠太の"平成"をApple Musicで

2018年になってようやく、平成2年に生まれた人間としていたく共感できる創作物にふたつ出会えた。そのひとつがこれ。

“平成、疲れてた それはとてもどこにもいけずに止まれずに”って歌い出しで勝負あり。時代のせいにするけれど、“疲れ”の感覚は俺にずっとつきまとっている。「失われた20年」や「閉塞感」なんかのレッテルからも逃れられなかった。

 

また、話はずれるけど、インターネットとの距離の取り方も、俺の世代は難しかったように思う。
上の世代のインターネットに希望を持っていた感覚がわからず、かといって後続世代の《オンライン/オフライン》の垣根に対する軽やかさというか、そもそもこのスラッシュを意識しないデジタルネイティブ感も身につけられなかった。

俺は、“平成”という時代のはざまに一生とらわれるような気がする。

しかし、折坂悠太やtofubeats、米津玄師など、俺の同世代からもヒーローは着実に出てきているので、やっぱりここまで書いたことは俺の甘えなのかもしれない。

「平成」歌詞冒頭の要約力は、大森靖子「音楽を捨てよ、そして音楽へ」の“脱法ハーブ 握手会 風営法 放射能”に匹敵すると思った。

 

ちなみに、平成2年生まれとしていたく共感したもうひとつの作品は大島智子『セッちゃん』です。

 

セッちゃん (裏少年サンデーコミックス)

セッちゃん (裏少年サンデーコミックス)

 

 

8.フランク・オーシャン「Moon River」

Moon River

Moon River

  • フランク・オーシャン
  • ポップ
  • ¥250

この曲、一生聴いてられる。死んでしまいたくなる。死ぬまで飽きないと思う。

 

ここまではサブスクで聴ける楽曲でまとめた。プレイリストにもした。プレイリストには他に、Everything is Recorded「She Said」とLamp「夜会にて」も入れていて、「2018年好きになった10曲」としてまとめた。

‎らさの「2018年好きになった10曲」をApple Musicで

 

でも、この文章は「2018年、俺が救いを求めてしまった10曲」なので、ここからはサブスクにはない楽曲を。どちらもまったくひねりなく、ど真ん中です。

 

9.米津玄師「Lemon」

これも3や4と同じで、「アンナチュラル」というタイアップありきで好きになったのだけれど、単体としての好き度でいったらこっちのが断然。

「Lemon」で歌われるほどの絶望を俺は知らない。いや、母が死んだときは“苦いレモンの匂い”を嗅いだような覚えもある。でも、“とても忘れられない それだけはたしか”と当時思っていたのに、今の俺は母についてことごとく忘れている。もう一生思い出せないだろう。

この曲では“あなたがいなきゃ永遠に昏いまま”と書かれた後で、“今でもあなたはわたしの光”とも歌われる。永遠の昏さを引き受け向き合ったからこそ、その不在を乗り越え光に転じるというのがドラマティックで、俺には成しえなかったことだ。

 

10.星野源「アイデア

星野源のパーソナリティにはほとんど思い入れがないのだけれど、この曲の佇まいには心惹かれた。歌詞を何度読み返しても、グッとくることはないので、「佇まい」としか言いようがない。紅白での星野源は疲れているように見えて、その姿にはグッときた。最後に挙げた曲なのにこの曲に対して特別な愛情があるというわけではなくて、誰にともなく申し訳ないのだが、2018年といえばやっぱりこの曲な気がしてしまう。

 

 

元日の決意

「決意」は真冬の湯船のようにあっという間に冷めていくからまったく信用できなかった。上京しても、母が死んでも、結婚しても、子供が生まれても、俺は根本から変わることはなかったように思う。というか、そもそも、俺はいまだに自分の根本がわかってなくて、見たことのない根の部分に翻弄されたのが2018年だった。俺の人生はもう俺だけのものではなくて、だから、俺の気まぐれは家族にとって大きな負担になる。気まぐれじゃない、その場しのぎじゃない、確固たる自分が欲しい。手にいれた自分がやっぱり厄介な存在だったとしても、その厄介さが揺るぎなければ、それは俺の実存。俺があれば、妻や娘ともいっしょに生きていきやすくなるはず。いっしょに暮らしていく人間が、昨日と今日と明日どころか、朝と昼と夜でまったく気分が変わってしまっては、やりづらくてしょうがないよね。自分でもよくわからないまま、刻々と揺れ動く感情に折り合いをつけたい、と、今回の年末決意した。この決意もまた冷めてしまうのかな。不安だから、今年はこの決意を文章に残して、これを何度も読み返して追い焚きしたい。

 

結婚するまでは、人生が長続きするなんて想定では生きていなかったけれど、もうこの体も人生も俺ひとりのものではないから、長く生きたいし、生きなくてはならない。長く生きる前提で今後を見据えて生きたい。と思いながら今日もビールを2リットル。

 

元日の高円寺を1時間くらい家族で散歩した。氷川神社も、馬橋稲荷神社も人出だったので、お参りはしないで神社を背景に写真だけ撮って帰った。腹を空かせたうえにいつもなら昼寝の時間だった娘は、写真の中でぶすっとしていてそれがまたかわいい。

毎年元日に家族で写真を撮りたい。

 

 

年の瀬に実感する焦燥と孤独

いつになく年の瀬の空気を感じられなかったのは、おそらく主夫になって子育てを始めたから。これまでの年末年始は、帰省すれば「おもてなし」してくれる母のおかげで年の瀬感をだらだらと享受できたし、母の死後も地元の友人と忘年会をすればなんとなく引き締まったものだった。
妻と出会ってからというもの、年越しは常に一緒にいるが、最初の年は大森靖子のカウントダウンライブに行くことで初めて東京で年越しを経験したし、2017年の年の瀬は、翌年子供が生まれる予定だったこともあって、「これまで/これから」をいつも以上に意識する区切りとなっていた。

しかし、いざ子育てが始まってみると、そんなふうに年が改まることに思いを馳せている余裕がない。寝正月をしようなんて思っても子供はいつもと同じようにミルクを欲しがり、出すものを出すから対応する。風呂に入れるし、寝かしつけもする。時間という観念に頼らなければ生きられない俺とは違って、まだ下の前歯が2本生えただけの娘は自分の体の機構に忠実に生きている。俺と妻は娘の自然体に合わせてこの年末年始を過ごしていく。
とはいえ、仕事を無事におさめた妻は、主夫の俺とは違って今日やたらと「あと3日で2018年終わりかあ」と感慨にふけっていた。上手にねぎらってやることができず、主夫歴3ヶ月の実力不足を嘆いている。

 

妻の感慨にあてられて、俺も今年を振り返り来年を思っていたら、突然焦燥に駆られ、孤独を実感した。

来年で俺は29歳になる。大学卒業後はニートとなり、26歳までまともにバイトもしたこともない。どこに勤めた経験もないままにフリーライターとして少しずつ稼ぐようになったものの、今回の出産に伴って、俺は仕事を小休止している。働きはじめてようやく仕事にも慣れてくるころかな、と思った矢先のストップだったこともあって、焦りがある。来年度、無事に娘を保育園に通わせることができるようになったとしても、俺の経歴や実力からいって、以前以上に働ける保証はどこにもないから、やっぱり焦る。しかし日々の家事と育児に余暇にかまけて準備をしてこなかった。準備不足にまた焦る。焦るばかり。

 

焦りだけでなく、孤独も感じている。妻がいて、娘もいて、猫だっている。それなのに「俺は孤独だ」なんてバカ言ってらあ、と思われるかもしれないけど、孤独だ。
なんで俺は孤独なんだろう、と少し考えてみて気づいたのは、俺はもう、誰かがどこかで俺のことを想ってくれているはずだと、信じられなくなっていることだった。
母が生きているころは、彼女がずっと気にかけてくれたし、少し前までは、地元や大学時代の友人も俺のことを忘れていないはず、と信じられていた。でも、もう今はそういう存在がまったくないように感じられる。
ついこないだ、16歳のころからの友人が、俺の娘に会いに、自宅に来てくれた。娘を抱っこしてくれて、いっしょに昼間から飲んで、近況を楽しく話し合った。でも、俺と彼はやっぱりもう別々の世界に生きていた。たしかに彼はわざわざ会いに来てくれた。「わざわざ」来てくれたからこそ、孤独だなと思ったのだ。

 

みんな、自分の人生のことで精いっぱいだ。俺だって、そう。俺が、自分のことで精いっぱいになったからこそ、みんなも俺に対して心を砕く時間なんて残されていないと気づけたのかもしれなかった。そうだ、これまでの俺は単に暇だったから、彼らに執着していた。
3ヶ月くらい前だったろうか、大学のころいちばん懇意にしていた連中とひさしぶりに集まったけれど、そのときの俺はどうにも彼らと波長を合わせることができなくて、ひとり浮いていた。かといって、自分が悪いと反省することもできず、俺は何となく彼らとはとうぶん会わないことに決めてしまった。自分ばっかり執着してみっともなかったから。

 

妻は俺を想ってくれているだろうか。もちろん。でも、彼女はもう俺にはあまり期待していないかもしれない、とも思う。

妻と出会ったころ、彼女は当時はまだまっさらだった俺の未来に期待してくれていた。俺の文章や考え方を好いてくれて応援してくれた。その応援のおかげで今の俺はなんとかやってこれている。妻と出会えなければ俺は今なおマンションのワンルームでうずくまっているか、地元に帰って父親に泣きついているはずだ。

しかし、妻の期待と応援と支えに見合った成果を、俺はまだ上げられていない。のんびり少しずつ進んでいる間に、夫婦は、娘の人生をなんとかしてやるという一大事に取りかかることになった。共に娘を育てるパートナーとしては、俺はまだ全然頼りなくて、だから、応援とか期待とかそういう段階はもうとっくに終わっていて、俺がそれなりの人間になることはもうミッションでしかない。いまは妻の負担が大きくて、それを軽減するためにも俺は仕事がしたい。

 

ここまでぐだぐだと書いてきて、脈絡もなく、はたと気づいたが、俺にいちばん期待していないのは、妻でも友人でも、ましてや死んだ母親でもなく、自分自身だった。
俺はこの程度だな、と感じているのは他でもない俺だった。自分が自分から疎外されている感覚。これこそが今の孤独の正体なんじゃないか。孤独とはもしかしたら違うのかもしれないな。うまい言葉が見当たらない。自信喪失? それとも、自己喪失? そこまではいかないけれども。

 

 

2018年は、子供が生まれたり、たくさんのいい仕事をさせてもらったり、引っ越しをしたり、主夫になったり、自分の醜い部分にも多く気づかされた。かけがえのないできごとばかりで、そのいちいちが俺にはまだもったいなかったのかもしれないなんて感じられるほどに、今の俺はどうしようもなくくだらなくて、そんな自分をこれから変えることができるのか不安になっている。

 

だいぶ暗い内容の、みっともない文章になっているかもしれないけど、落胆しているというわけではなくて、ただただこれが俺の現状認識であるに過ぎなくて、むしろすがすがしいほどに胸のあたりがすうっとしている。何に対してかはまだわからないが、多分ある種の諦めを知らぬ間に手にいれていたから。
ほんとうに俺は死にたい気分とかでは全然なく、今日はあらためて妻が愛おしく感じられたし、娘も健やかだ。俺は焦燥から解き放たれて、己への期待を取り戻したいだけだった。

 

 

 俺の文章には「俺」がほんとうに多いなと思う。来年は「俺」の少ない文章を書けるようになりたい。

モンスターハウスの結末が悲しかった。

世の中にはびこる悪を撮ることと、人間がふだん隠している悪をわざわざ引き出して撮ることはまったく別ものだ。撮影者がはたらきかけなければこの世に生まれなかったはずの悪が現実に露出してしまったのならば、その悪と闘わないまま撮りっぱなしで終わるのは責任放棄じゃないのか。

 

モンスターハウス」の結末にはがっかりしてしまった。あくまでも恋愛リアリティーショーの枠を借りて、クロちゃんという哀しきモンスターの悲恋を見るものだと思って楽しく見ていたこの企画。しかし、同時進行でふたりの女の子を口説くクロちゃんを「許せる/許せない」の二択で「国民」みんなで裁こうという落としどころを「水曜日のダウンタウン」は採用してしまった。これってけっきょく不倫を糾弾するマスコミと遠く離れていない。人の恋愛のやり方には、あまり口出ししないほうがいい。ましてや裁きを与えるなんて気味が悪い。

 

クロちゃんはカメラに撮られても一切気にすることなく自然体で振る舞いつづけられる存在で、だからこそ恋愛につきもののウソや見栄、打算をあますことなく見れた。ふだんみんなが隠している部分を、さらけ出してしまう存在がクロちゃんだった。

本家「テラスハウス」ではスタジオにいる山ちゃんが「テレビ意識してんな」ということを、テラスハウスメンバーに向かって言うことがままある。最近ではメンバー同士で「聡太さんはテレビに映ろうとして女の子を誘っているのでは…?」という疑いも発生していた。

誰もがカメラを持ち、テレビでは関係ない素人でもカメラを意識する時代にあって、クロちゃんのようにカメラを意識しない、というか、カメラがあってもなくてもクロちゃんは変わらない(と視聴者が思える)ことは貴重だった。

それなのに、水曜日のダウンタウンはその奇貨の賭け方を明らかに誤った。自ら見出した稀有な存在のオチを、大衆の軽々しい選択に委ねてしまった。悲しかった。

 

「国民」の投票は「許せない」に圧倒的に偏り、クロちゃんは翌夜までとしまえんの檻に閉じこめられることになった。それから起こったことはニュースの伝える通りだ。

 

恥を忍んで言えば、水曜日のダウンタウンのラストを見ながら僕は「明日クロちゃん見に行ってみようかな」と思った。でも、その直後に見た番組プロデューサー藤井健太郎Instagramライブ配信を見て寒気がした。クロちゃんの檻に群がり、我先に写真や動画を撮影せんとする大勢の人たち。自分もこの狂騒に加担しかねなかったのかと思うと、そらおそろしい。自分のなかにもともと存在しなかった好奇心を芽生えさせられて、「それは悪だよ」なんて言われるのはごめんだった。人はそんなもんだ、ってことはもうずっと前からわかってるじゃないか。

 

モンスターハウスを「壮大な社会実験だ」なんて言ってなんとか褒めようとしている人がいるけれど、無理しないでほしい。「モンスターを見ているつもりになっていた視聴者の方こそモンスターだよ」なんてことを、したり顔で言わないでほしい。存在する必要のなかった悪を生まれさせたのだから、それはいけないことだったよ。次回以降の水曜日のダウンタウンでは、謝罪なんて通り一遍の対応ではなく、なんとか落とし前をつけてほしい。何を意図していたのか、きちんと説明してほしい。番組のファンだったからなおさらそう思う。

 

 

余談だけど、藤井健太郎はやたらと「台本があるわけない」「そんな見方でしか見れない人はかわいそう」なんて言い方をしていたけれど、台本はなくても作為や目論見はあるわけだから、その作為や目論見が“台本的に機能”することはあるでしょうよ、とは感じた。モンスターハウスの住人がその作為や目論見を読み取って望まれたように動くことはあるだろうし、そんな力学と関係なくやりたいように動くクロちゃんがやっぱり尊かったのだ。

みらいがこわれている

1ヶ月ほど前、いくつかの保育園を見学した。来年4月の入園のための申請期限が11月のとある日に設けられていて、慌てて何件か見てまわった。

公設の園は広く、思想が薄く、それが僕には気持ちよかった。だから、第一希望から第三希望までは公設公営あるいは公設民営の保育園を並べ、それ以降に私立を置いた。僕は、個性的な私立よりも、凡庸な公立を好む。

 

とある私立の園は、オーナーが保有していた家屋を改装したものだった。そこの園長は柔和な表情で園を案内してくれた。それまでに見てきた公設の保育園とは違い、身もふたもない言い方をすればオーガニックでアットホームな園。端的に言えば、苦手だった。この保育園に娘を通わせたら最後、マクドナルドに行くのをためらってしまいそうだった。誤解してほしくないのだが、その園自体は志が高く、とてもよかったのだと思う。しかし、我が家には、いや、僕には合わなかったのだ。毎日自宅で与えた夕飯の内容を、なぜ園にいちいち伝えなくてはならないのだろうか。連絡帳に記載することの多さに辟易とさせられた。

 

一通り案内してもらった後で、園長が質問はありますか?と訪ねてくれた。しかしすでにその園に対する関心を失っていた僕はぼんやりしてしまった。質問したいことがすぐには浮かばないけれど、せっかく与えられた質問時間をみすみす手放すのも惜しく感じられる。ライターなんて商売に手を染めてしまったがための貧乏性だ。

 

ようやく浮かんだ一言は「食事にすごく気を遣っているんですね」だった。家庭での食事までチェックするその園は、たしかにエントランスに昼食のいい匂いが充満していた。なんだか懐かしい、体に良さそうな食事の匂いだった。入ってすぐのところに給食室があり、3人がせっせと準備をしていた。

 

園長はなにか言葉を継いだあとで、そろそろ離乳食ですよね、と言いながら抱っこ紐の中で眠たげにしている娘を見た。「そうなんですよ、ただ料理が苦手なもので離乳食も自信なくて…」とこたえた僕に園長は「難しいことはないですよ。うちでは定期的に食事の教室を開いているので、もしよかったら来てください」と言った。

 

その直後、彼女の発した言葉にぎょっとする。

 

「大人はみらいが壊れているから、わからないんですよね」

 

園長は続けて「飲酒や喫煙でみらいが壊れているから濃い味じゃないとね。でも、子供の舌は敏感だから薄味でも大丈夫なんです。だから、味つけには凝らないでいいんですよ」と語る。

 

「大人はみらいが壊れている」にショックを受けてしまい、それに続く園長の言葉が耳に入っても脳で理解するまで時間がかかったが、「みらい」とは「味蕾」のことだとわかり、気持ちが落ち着いた。僕は「大人は未来が壊れている」と聞こえて、動揺したのだった。その自覚があるからだろう。娘の未来の可能性に比べれば、僕の未来はたしかに壊れている気がする。自分の選んだ怠惰の結果、僕の未来はがたぴしきている。その実感は色濃い。

 

アットホームでオーガニックな園をあとにして、自分の壊れた未来を想った。秋晴れの帰り道の僕は、娘の膨大な可能性を守ることよりも、己の壊れた未来を再構築することに想いを馳せていた。体が資本を痛感する日々だ、まずは薄味から始めたいとたしかに思ったのだけれど、あれから一ヶ月、いまだにみらいは壊れたままだ。下の歯が2本生えた娘は、離乳食を喜んで食べている。