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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

散歩①

とても気持ちが良かったのでひとりで散歩した(ひとりでも散歩ができるようになった)。

 

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散歩のお供にコーヒー屋で「本日のコーヒー」を注文した。とてもうまかったが、アレはいったいなんだったんだろう。

カカオ90%くらいのチョコレートのようにビターで、喉を下って2秒後にやってくる酸味とのバランスもとても良かった。また飲みたいが、「4月18日の『本日のコーヒー』ってありますか?」と聞けばまた飲めるのかどうか。「本日のコーヒー」は毎日ちゃんと記録されてるのか、それとも気まぐれに決めていてメモなんか取っちゃいないのか。仕入れとかあるんだし、ちゃんと記録されているんだろう。でも「本日のコーヒー」は「本日のコーヒー」なので、2度と飲めないのかもしれない。

いずれにせよ僕が気まぐれにコーヒーを飲めるのは、毎日なにかしらのコーヒーを淹れる人間がたくさんいるからだ。

恥ずかしげもなく「本日のコーヒー」と言えるようになったのは成長だと思う。

 

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なんの用事もない日(ほとんど毎日)、「よし、外に出るぞ」と思えるのはだいたい午後4時過ぎで、支度をしていたら5時を過ぎてしまう。僕は男だが出かける準備に時間がかかる。別にオシャレしてるわけでもないのに。ちんたらしている。

そんなわけだから、冬だったらようやくドアを開けた午後5時にはとっくに辺りは暗くなっていて、道を歩いても家にいる時と変わらずクサクサした気分が続く。まったくリフレッシュにならない。その点、春・夏は日が長いのでよろしい。この季節の「散歩でもするか」という小さくとも時間のかかる決意は、太陽に間に合う。

今日はザ・なつやすみバンド『TNB!』なんかを聞いて歩いた。

 

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 良いマンション。今日は不動産屋の店頭に並ぶ間取り図もできるだけチェックしながら歩いた。

 

ここまで、まるで17時から散歩を始めたように書いていたが(毎日ちゃんと移りゆく季節を眺めている人はとっくにわかっていただろうけど)、上の写真はぜんぶ午後6時以降に撮ったものだ。家を出てまず向かったのはチェーンの立ち飲み屋で、そこでホッピー引っ掛けてから歩きはじめたのだった。コーヒーは酔い覚ましだった。

 

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7時20分くらい、さすがに暗い。立ち飲み屋では煮込みしか食べてなかったので腹が減ったからそばでも食おうかと思ったが、初めての店はひとりじゃ億劫だったのでやっぱり止めた。そば屋入ったらまた飲んでしまうし、止めて正解だったと思う。

 

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 午後7時37分。

 

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このとき午後7時47分だとiPhoneが教える。

かき氷を入れたガラスの器みたいな街灯が安っぽくてかわいい。

 

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「フルーツパーラー」の軒先にはパフェやかき氷がたくさんディスプレイされていて気になったので扉の奥を覗いたら、座敷で壁にもたれてあぐらをかいたおじいさんが虚ろにテレビを眺めていた。

 

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ひさしの朽ちた軒先が異様だった。この商店街は比較的元気な方だろうが、時々朽ち果てた店舗が放置されていて恐い。軒先のアスファルトが溶けているところもあった。

 

この商店街の最寄り駅と隣駅までの途中にあった中学校のグラウンドで、ブラインドサッカーの練習がされていた。生で見るのは初めてだったので、ガードレールに腰掛けネット越しにぼうっと眺めた。彼らはいつから見えなくなったんだろうか、すごく上手だ。iPhoneで調べてみたら、日本代表強化指定選手らしかった。そりゃ上手いわけだ。

太った愚鈍そうな男は、巧みな足さばきの細っちい男からボールこそ奪えないが、シュートコースを切ることに徹した重心低いディフェンスをする。最小限の動きで最低限の仕事を確実にこなしていた。

ブラインドサッカーはボールの中の鈴の音、相手の足音、味方の声などなど、音を聞くことが大事だろうから、シャッター音の鳴るiPhoneでの撮影は止めておいた。

 

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家屋の外壁を照らす緑のネオンがたまらなく好きだ。濡れたアスファルトに滲んだのでもいい。

  

信号機がすぐそばにある部屋に、少しの間でいいので住んでみたいなと思う。カーテンなんか掛けないで、信号の灯りを盗んで生活したい。長い赤と緑、短い黄色に照らされた、家具の少ない部屋のなかで、ぼんやりしていたい。しかしどこの不動産屋の店頭にも、「信号の灯りが入ります」との書き込みは見当たらなかった。

 

いつもと違うブックオフでお目当ての本を買って、いつもと違う松屋で牛丼を食べて、30分くらい歩いていつもの清潔な自宅に帰った。

 

 

 

 

 

幻の公園

コーヒー屋を後にして散歩していたら、ある公園のことをふっと思い出した。

 

いまからどれくらい前のことだったかは思い出せないのだが、家から一駅分くらい離れたところをひとりで歩いていたら、とても感じの良い公園に出くわした。でも公園に入るのはまた今度にして、その場を後にした。たぶんその頃はずいぶんと寒い季節で、しかも自宅からの距離を考えるとその時点でだいぶ距離を歩いていたからだ。僕は疲れていた。

 

あのころの僕はいまと同じく無職でやたらと徘徊していた。散歩ではなく徘徊だ。いつどこを歩いたかなんてまったく覚えていないし、その時間はひとつもタメにならなかった。

 

あれから何度も徘徊したが、僕はその公園にたどり着けなかった。いや、そこを目指したことはその後いちどもなかったのだから、「たどり着けなかった」わけではない。

何度も自宅の半径4キロを徘徊したが、その公園に巡り会うことは二度となかった。歩いているとき、なんのきっかけもなくふっと思い出されるだけの公園だった。たぶん高台にあった。東京の夜景が遠くに、しかしくっきりと見える、小さな公園。公園を思い出すたびに、記憶に対する自信はなくなり、あの公園は夢で見たのかもしれない、と思うようになっていた。

 

こないだもその公園のことを、ふっと思い出したのだった。でもその日は僕の隣を歩く人がいた。だからそれは徘徊じゃなくて散歩だった。

 

彼女にその公園のことを話してみた。ちょっとふざけて「幻の公園の話なんだけどさ」と言ったら彼女は「恐い話だったら止めて」と怯えていた。恐がりなのだ。

恐い話じゃないよ、と断ってから「幻の公園」のことを説明した。それを聞くと、さっきまで不安げだった彼女はまん丸な目を輝かせ僕を見上げて、「そこ探すよ!」と言った。表情がころころ変わるのだ。

 

桜は咲きはじめたが日が暮れはじめると案の定肌寒い。そういえば彼女は珍しくアイスコーヒーを飲んでいた。温かいお茶を自動販売機で買い、カイロがわりにポケットに突っ込み、そのなかで手をつないだ。暖かい陽の光にそそのかされた僕はコートの下にはTシャツ1枚しか着てなかったので寒かった。

 

彼女はスマートフォンとにらめっこしながら、近辺の公園を挙げていった。幻の公園に関する情報は、高台にあること、小さいこと、近くに酒屋があったこと、の3つだけだった。この辺りには公園が点在しているので探すのは大変そうだった。彼女いわくこの辺りは公園が多いらしい。東京に長く住む彼女の言うことだから間違いないだろう。もうすぐ夜になるから、そう長くは歩けない。時間との勝負だ。彼女は「探検だ」と言った。散歩が探検になった。

 

と言いつつ、途中で立ち寄った大きく横に枝を伸ばした桜の木のある公園で遊具に登った。小塚のような膨らみのうえでふたり突っ立っていると、老婆が国道への道のりを尋ねてきた。僕はこの辺りに住んでいるにもかかわらず案内できず、彼女のスマートフォンに頼ってしまった。

 

ふたたび歩きはじめたとき、「幻の公園」の近くに郵便局があったような気がしてきたので、彼女に伝えた。「幻の公園」を通り過ぎてからその郵便局で仕送りを引き出そうとした記憶も同時に蘇っていた(夜だったのでATMはとっくに閉まっていたことも思い出す)。

彼女が地図アプリで近くの郵便局を検索すると一件ヒットした。ちょっと離れたところにだが、公園もある。でも記憶のなかの公園よりも3倍くらい広い。

 

そこへ向かう。途中で目指す公園と同じ名前(というかその公園もまたその地区の名前をもらっている)の銭湯を見かけ、あったまってからでも遅くないよ、と提案したのだが、彼女は拒否した。

 

やがて僕は公園の近くにあったはずの酒屋を見つけた。でもマップ上で目指している公園からはちょっと距離がある。僕の記憶では公園の真向かいにあるはずだったので不安になった。が、先に祝杯をあげようということで、350mlの缶ビールを一本買ってふたりで飲みながら公園を目指した。

 

2回くらい道を曲がると、その公園はあった。幻じゃなかった。

 

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思っていたよりもずっとしっかりした公園だった。すべり台も砂場もあった。というか高台にあるこの公園、実は傾斜を利用した三層構造になっていて、石階段を降りると、真ん中の段はちょっとした広場になっていて、最下段にはブランコやシーソーまであるのだ。最上段の縁から見た東京の景色は記憶と一致した。

柵に持たれてその景色をふたりで眺めていると、上品な男の子が石段を駆け下りていった。同じく上品な彼の母親が階段のうえで待っていた。昼間遊んでいて忘れて帰ったのであろうジャンパーを拾った男の子はすぐに階段を上がって戻ってきた。母親は「見つかってよかったね」と言う。

 

僕の記憶とは違って、その公園のふたりがけのベンチは景色に面していなかったので、僕はひとり用の石の椅子に腰掛け、彼女を太ももの上に腰掛けさせた(他に人はいなかったので許してほしい)。僕の腹にあたる彼女の背中はあたたかった。

探検の目的を達成した彼女は僕よりも嬉しそうに見えた。喜びを人に伝えられる人なのだ。多分、自分の感情を上手に伝えられるように練習したんだろうな、と僕は思う。彼女は本質的には不器用な人なのかもしれない。

暖かくなったら弁当持ってまた来ようね、と彼女は言った。

 

公園を出て少し歩くとさっきの老婆が目指していた国道に出られた。気まぐれに入ったインテリアショップで、おそろいの安物のマグカップを買った。このカップでコーヒーを飲むたびに探検のことを思い出すのだろう。こんな風に買物をするのは初めてで、とても素敵なことをしたように思えた。

彼女といるとこういうキザな行動がちょっぴり背伸びをした生活の延長線上にあるかわいらしい行為に感じられるので、彼女といる時間を僕はとても気に入っている。

ぼくがうっとうしい

書くとか話すとか読むとか聞くとか本当に難しい。

 

文章の場合、たいていはそれが何について書かれた文章なのかという情報があらかじめ提示されている。あるいはそれが読むに値するかどうか価値判断が誰かによってなされていてそれを参考にする。小説を例にとると、タイトルや装丁、あるいは書評とかクチコミ、はたまた本屋での陳列のされ方だったりがそれだ。ランキングもそうだろう。ネットにあるあらゆる記事もそういう数多の情報に晒されている。

文章を読む前にその文章にまつわるたくさんの断片的な情報に触れて、ぼくらはその文章を読むかどうか(ほとんど無意識に)決める。まあ文字ならとにかくなんでも読むという奇特な人もいるだろうけど。

 

人の話を聞くにしたってそうで、話者の顔つきや身なり、表情、声音によって、その人の話は聞くに値するかどうか聞き手は無意識に判断している。

スナックで酒を飲んでいたら声のでかい酔っぱらいが入ってきた。やたらと乾杯をしたがる。瘦せぎすで、たまに顔の片側を歪める。中年の男だ。こういう人の話を聞こうとはあんまり思わない(聞いてみたらおもしろいことはありえる)。

 

こんな話をすると、書いたり話したりする前の段階がとても大事だから、体裁を整えなければならない(『人は見た目が9割』)という話になりそうだけど、そういうことは書かない。

 

くだんの瘦せぎすはぼくに言った。

「話しかけてくれるなっていう感じだね、でも飲み屋って一期一会だから。一杯おごるよ。

むかしきみみたいに朴訥とした男の人がバーにいてね、そいつに『何か趣味あるんですか?』と聞いたら将棋が好きで将棋会に通ってるっていうんだよ、ぼくも将棋指せるから話聞いてたらさっきまで大人しかった彼はうれしそうに話しつづけてた。だからさ、きみも何か好きなこととかあるでしょ?それ教えてよ」

 

これがぼくには結構クリティカルな問いだった。おっさんウザってえよ、と退けてもいいような絡み方だったとは思うが、彼の「きみも好きなことあるでしょ?」は聞き流せなかった。文章の場合、本を閉じれば読まずにすむが、人が話しているときに耳をふさぐわけにはなかなかいかない。

 

「ぼくはあんまり好きなものってないんですよ。というか、『好き』って気持ちは、どの程度好きになったら言っていいものなのかわからない。

たとえばさっきの朴訥とした将棋好き男に対して『ぼくも将棋好きでたまにネットでやります』なんて言ったとして、彼に『そんなんで好きとか言うなよ』と内心で思われたらお互いに気分悪いじゃないですか。ぼくの『軽い好き』は彼の好きをおとしめるし、彼にぼくの好きを見下されたら、ぼくの好きは消えてしまいかねない。

『好き』の表明にはある程度のこだわりが見えないとダメなんだろうなって強迫観念がぼくにはあります。だから安易に何が好きかって言えません」

 

そのあと何か彼に良いことを言われた気がするんだけど、あんまり覚えてないので割愛する。

 

 

この安易に好きって言えない感覚を持ったのはなぜだろう。たぶんオタク的な愛の表明の仕方が正義だった時代に子供だったからかもしれない。

自分が対象のどこに惹かれるのか、できればそれが細部であるほどツウである、みたいな風潮。あるいは対象をどのように愛でているかという己のスタンスの歪さで自身の愛の大きさを見せつける感じ。

 

ぼくはオタクの愛のあり方を悪いと言いたいわけじゃなくて、そのオタクのスタイルを盗んでネタにした連中に対するわだかまりがあるからこんなことを書いてるんだと思う。アメトーク的な文化に対する憧れとヘイトが渦巻いている。ぼくはオタクのように何かを偏愛できなかったし、ひな壇芸人のように器用にもなれなかった。

 

 

瘦せぎすの男が言ってたことを思いだしたので割愛撤回する。

 

「きみは優しすぎるんだよ。飲み屋なんてみんな酔っぱらってテキトーに話してるだけでしょ、自分の話したいことを話すだけ。それなのに自分の『好き』は程度が低いから話せない、ってのは優しすぎるんだと思うな。あるいは傲慢。悪いけど、誰も誰の話も聞いちゃいないよ、それでもみんな話すんだよ、一期一会だから」

 

誰も誰の話も聞いちゃいないってそりゃあちょっと言い過ぎだろうとは思うけど、ぼくが傲慢だって指摘は当たっていると思う。ぼくの好きは偉くあるべきだと思っているフシがあるから。それは、ぼくは偉くあるべきとほぼ同義である。偉いぼくの好きは誰にも否定されたくないし、偉いぼくは誰にも傷つけられたくない。それだからぼくは何も話せなくなっている。

 

これってけっきょくぼくが自分以外のほとんどのものを本当には好きじゃないってことだと思う。自分の好きを否定されないように理論武装することもなければ、好きだ好きだと連呼することもない。自分が傷つき果ててでも守りたい愛もない。そして、そういう好きがないとダメだと思ってる。そんな決まりはないのに。だから苦しい。ぼくはぼくが好きなぼくがうっとうしい。

 

書いたり話したりすること自体に難しさを感じるのは、ぼくに伝えたい愛がないからだろう。

伝わらなさに難しさを感じているわけじゃないのだ。伝えたいの無さに生きにくさを覚えている。

口火を切れない、一筆目を落とせない、それはその必要がないからなんだ。必要とされている文章、話って一体なんなんだろうか。

 

話は逸れるが、愛しか語っちゃいけないという抑圧もあると思う。芸のない人間は毒舌芸するな、が拡大解釈された結果ではないだろうか。

芸のない毒舌と同様に、芸のない愛の表明もゴミだ。

でもぼくはゴミにすらなれてない。

 

 

この文章はなんで読まれたんだろう。

子供の勘違い

「どうしておなかがへるのかな/けんかをするとへるのかな/なかよししててもへるもんな/かあちゃんかあちゃん/おなかとせなかがくっつくぞ」(「おなかのへるうた」)

 

小さいころこの歌を聞いて歌ってた僕は「お腹と背中がくっつく」のフレーズの意味を誤って捉えていた。腹の皮膚と背中の皮膚が餅のように伸びて伸びてくっつき、ドーナッツのような輪を人の傍らに作り出すんだと思っていた。

本来は、腹が減りすぎて体が平べったくなることを「おなかとせなかがくっつく」と表現しているわけだが、子供のころの僕は「おなか」といえば、じぶんのこの目に映るおへその空いた皮膚であり、「せなか」といえば、背もたれに触れる皮膚のことだと思っていた。だから腹が減りすぎると人間のおなかとせなかの皮膚は(なぜか)だらだらと伸びだし、くっつくのだと思っていた。

また、腹が減りすぎてお腹と背中がくっつくようなひもじい思いをしたこともないから、歌詞が実感できなかったことも勘違いの理由だろう。僕は飯には十分恵まれていて、だから、体がぺったんこになるほどの空腹を味わったことはない。歌詞が実感できるわけはなかった。

人生でもっとも腹が減ったのは中学3年生の冬、サッカー部の練習試合でのこと。ゴールキーパーだった僕は午前9時から午後6時まで、全7試合ゴール前に立ち続けた。その日僕以外のキーパーは負傷やら体調不良やらで試合に出られず、代わりに僕が1軍、2軍の試合すべてに出た。細かい休憩時間はあったが、飯を買いに行くヒマもなかったため(誰かに買いに行ってもらうのは気が引けた)、ほんとうに何も食べずに試合に出続けた。あの日はほんとうに腹が減ったのだが、帰宅後は疲れ切っていてけっきょく何も食べずに寝てしまった。

「少し休憩させてください」とひとこと言えればよかったんだろうが、そんなことを言ったら監督は怒るだろうと、僕は勝手に考えていた。だから、「まだいけるか?」と聞かれて「いけます」と言い続けた。

 

 

子供は勘違いするもんだ。

僕は小さいころ、自動車はウインカーを出さないとハンドルが回らないと思っていた。ウインカーを出すとハンドルが回るように設計されているもんだと思い込んでいた。

ある日急ブレーキを踏んだ母が「バカヤロウ!ウインカー出せよ!」と怒鳴っているのを聞いて「ウインカー出さなくても車って曲がれるの!?」とはじめて気づいたのだった。怒る母親にその気づきを報告したら、母は笑顔になった。

 

 

子供は勘違いするもんだ。

大人になったら、自然と働き、納税し、結婚したくなったら結婚し、素敵に暮らしているんだろう。子供のころの僕はそう思っていた。しかし今の僕はあの頃から十数年経ってもまだ子供みたいに過ごしている。大人になったら自然とあらゆることができるようになるではなく、働き、納税し、社会に貢献していくことを通して人は大人になっていくのだった。年を取ったら自然と大人になりあらゆることができるようになると、子供のころの僕は勘違いしていた。

おなかとせなかがくっつくのを実感するのは、ちょっとこわいなあ。こわいけど、大人になるのは大変そうなので億劫だ。

 

ちなみに僕は運転免許証を持ってはいるが、運転がとても下手で、ウインカーは出せてもタイミングがはかれず、車線変更や右折がなかなかできない。まあペーパードライバーだからそうなるのは当たり前だ。何事も練習しなくてはならないのだが、子供時代を過ぎた人間にとっては、練習はイコール本番なことが多いので大変だ。

報告

「実家出ると親と妙に仲良くなったりしますよね」って言葉を聞いたけど、俺は真逆だった。

 

実家に住んでいるころは、母とよく話していた。喧嘩も多かったが、翌朝にはどちらからともなく歩み寄ることができた。俺も毎日いろいろなことを話していた。友達の愚痴、気になる娘のこと、社会のこと、将来のこと……とにかくなんでも話した。

 

上京して生活がすさんでいくにつれて、母との電話が億劫になっていった。「今日は何食べたの?」って夜聞かれたときに「起きたばかりで何も食べてない」とはとても言えず、ウソをついた。

起きたばかりだから今日一日何してたの?という質問にも答えられない。そんな感じでどんどん疎遠になっていった。

 

大学に入ってからは帰省するたび、母と喧嘩になった。母はよく「わたしの分からない言葉で話さないで」と言うようになった。俺は心のなかで「少しは勉強しろよ」と母をののしった。いや、実際にそう言ったこともあっただろう。

 

子育てがひと段落してヒマになったからか、母は政治にかぶれるようになった。その思想はちょっぴり嫌韓・嫌中で、情報源はヤフーニュースのコメント欄で、だから俺は彼女のことを見下すようになった。俺は大学で一応政治学を専攻していたので、母のトンデモな意見に律儀にツッコんでしまっていた。そんな俺に母は「分からない言葉ばっかり使って」と憤るのだった。

 

母の日常には中国や韓国からの観光客が多くなっていて、その人々のなかにはマナーの悪い人たちも少なからずいたのだろう。そういう人たちへの違和感を母はよく語っていた。しかし遠く離れて住む俺には、母の実感がわからなかった。近所のスーパーに行くたび、併設する薬局で中国人が爆買いするのが目に入ったりしたら、いい気持ちはしないのかもしれない。そういう母の実感をないがしろにして俺は、東京の論理で母の感情を否定していた気がする。

中国という国、韓国という国がどうかはともかく、個人個人は良い人もいるんだから、そんな一緒くたにして非難したらダメだよ、なんてお利口なことばかり俺は言っていた。

 

俺と母は、いっしょに住んでいるころの方がわかり合っていた。同じ景色を見ていたり、毎日お互いに感じたこと考えたことを話し合っている方がよかった。

俺たちのような親子もいれば、離れてはじめてお互いに冷静になって理解し合える親子もいるんだろう。それぞれいろいろあるんだろう。

 

それぞれいろいろある、というのは全然いいのだけれど(というかそれはただの事実なので、良いも悪いもない)、俺個人の問題として、俺の母はもうこの世にいなくて、彼女とわかりあう機会をもう二度と持てない、というのがある。

これから俺がどんなに良い人生を歩んでいっても、母にその報告は届かないんだと思うと、少しやるせない。

「ちょいと寂しいね」 小津安二郎『秋日和』(1960年)感想

三輪の七回忌。寺に集まった三輪の妻秋子(原節子)とその娘で未婚のアヤ子(司葉子)は、三輪の友人たち間宮(佐分利信)、田口(中村伸郎)、平山(北竜二)の相手をする。3人は24歳のアヤ子に縁談を持ちかけるが、彼女は笑ってごまかす。母・秋子をひとり残して結婚するのにためらいを感じているらしい。それに気づいた男3人は、先に母親を再婚させて片付けてから、その後でアヤ子を嫁がせればいいと考える。

 

この男3人きりの会話がおもしろい。「三輪は秋子さんみたいな美人をめとったから早死にするんだな、俺は早死にの心配ないよ」みたいな軽口を叩いたり、料理屋の女将を見て「あれの亭主は長生きだろうな」みたいな陰口言って笑うところ。《美人と結婚=早死に》を《不器量と結婚=長生き》に反転させて笑い飛ばす感じが軽妙でたのしい。こういう男の会話はまあまあ下品だし女を不愉快にさせるものだろうが、そういう一面的な捉え方をせずに言葉遊びとして見るべき場面だと思う。

 

アヤ子の会社の同僚で友人の佐々木百合子(岡田茉莉子)がいい役だった。先に結婚して友人が乗る電車を会社の屋上から眺めつつ「わたしたちの友情ってもんが、結婚までの繋ぎだったらとっても寂しいじゃない、つまんないよ。ふん、バカにしてろ」とこぶしをポンと突き出すところのスネ方がかわいい。廊下を歩いてった平山の後ろ姿にシャドーを重ねながらジャブを打つ息子のシーンと重なる。

勝手に秋子の再婚を画策して三輪親子を仲違いさせた男3人の元に押しかけて「どうして静かな家に石放り込むようなことなさるんですか」とまくし立てるところは毅然としていてかっこいいし(ごもっともだし)、その後男3人を騙してへんぴなところにある自分の家の寿司屋に連れてっちゃうところもすごくチャーミング。

なんだかんだでアヤ子が嫁いだ夜、百合子は銀座から帰りに秋子の様子を伺いに来る。そういうところもよい。百合子は「あたし、これからちょいちょい来ていい?」と笑顔でたずねる。このシーンの彼女と秋子は残された者同士の寂しさでつながっている。しかしその後ラストから2番目のショットでのうつむきほほ笑む原節子からは、いずれ百合子も嫁ぎ、わたしは本当にひとりぼっちになるんだろうな、というような諦観が感じられる。

 

ラストショット、いままで何度も映ったアパートの外廊下、 三輪家の前の照明だけ消えている。もうこの家は消灯してしまった。

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この映画には上の画像のような無人のショットが数多く差し込まれている。それらのショットは場面説明だけのものでは決してなく、それ自体が物語のテーマにとって重要だろう。誰もおらず、何の物音もしない部屋や廊下は、すべての無常を感じさせる。この部屋や廊下で生きていた人たちはすでに死んでしまったのではないか、と思うようなショットたち。

 

百合子が「わたしたちの友情ってもんが、結婚までの繋ぎだったらとっても寂しいじゃない」と言いつつ願っているのは、青春が永遠に続くことである。友人の結婚を祝ってみんなで山登りをした、ああいう時間が、青春が、ずっと続いてほしい。しかし結婚という区切りでもって女が家庭に入ってしまい、同時に友情も途切れてしまう現実に対して感じる寂しさ、悲しみ。

とはいえ、永遠の青春を願う百合子も遅かれ早かれ結婚してしまうだろう。

その一方で再婚はしないと固く決意している秋子の部屋の前の灯りは消えてしまう。

 

 

結婚にともなう女たちの寂しさ、悲しさが前面に出ている一方で、間宮、田口、平山の3人は実にあっけらかんとしている。アヤ子の結婚式の後で間宮が「しかしおもしろかったじゃないか、これでもう終しまいかって思うと、ちょいと寂しいね。他に何かないかね」というが、人ん家をかき回して他人の娘の結婚をこしらえておいて「おもしろかった」と感想して終わらせるのが実に無責任で良い。このセリフのちょっと前に百合子を評して「ああいうのもたまにはいいよ、ウェットすぎても困るからな」「でもドライすぎても困る」というやりとりがある。ウェットというのは秋子とアヤ子のことだろう。

ウェットにはならずドライでもなく、おもしろがってお節介して、「ちょいと寂しいね」なんて具合で終いにして、飄々と生きていられたら実に気持ちいいんだろうな、と思う。

 

 いまの時代にあってはなかなか想像できない生き方だけど。

腹が治る

先週の火曜日から腹痛と下痢に悩まされ、木曜日医者に診てもらったら「週明けには治ると思いますよ」と言われて本当に今日ほぼ治った。問診と触診だけで見通す医者すごい。

 

しかし下痢のせいで痔が終わった(あーどうしても言いたくなるなあ〜〜〜〜)。ずっと見ないふりをしてきたお尻の疾患、今回の集中砲火で完全に終わった(めっちゃ言いたい…………)。もう俺の尻は医者のメスなしではどうにもならないのだと、頭ではなく腑の方で納得した。俺の尻はずっと終わっていたのだ(言いたいよお!!!!!)。痔・エンドである(スッキリ)。

 

しかしやっぱり医者はすごいんだろうなあ〜。たくさん勉強してたくさんの患者を診ているから、やっぱり彼らの言うことはおおむね正しいんだろう。これまでの俺は医者のことをあんまり信じていなかったことが、今回病院に行ってわかった。

 

俺が医者を信用できてなかったのは、今までかかってきた病院の医者がことごとくダメだったからかもしれない。蓄膿症が辛いと言っても花粉症が辛いと言っても毎回「点鼻薬すれば治るので一にも二にも点鼻薬、しっかりやってください」しか言わない先生。こっちが大森靖子好きだからっていつまでも点鼻薬に頼ると思ってたら大間違いだぞ(大森靖子HPによれば、大森さんは点鼻薬が好き)、薬飲んだら一発で良くなるじゃねえか。

痔を診てくれた町医者は、俺が診察室から出ると入れ替わって入ってった別の患者に「あの人は若いのに酷い痔なんだよ」と言っていた。待合室まで丸聞こえである。守秘義務皆無だ。この病院はいつの間にか廃業していた。

去年はじめて行った歯科にも驚いた。帰り道、ふと舌で治療跡を撫でると、金属片に触った。何かと思って指に乗せると螺旋状の小さく鋭利な銀色の塊だった。電話して聞いてみるとさっきの医者は「あ、心配いらないですよ、治療中に一回ドリルが割れたんですけど、その先っぽを吸引し損ねただけです」と笑いやがった。いや、ドリル割れたのはしょうがないし、吸引し損ねることもあるだろう、でもさ、まず謝ってくれよ。俺がどんな思いで電話したと思ってるんだ。しかしこの歯科医院はとても評判が良いので、俺がたまたま運悪く変な医者に当たっただけなんだと思う。すげえチャラい陸サーファーおじさんだった。

 

医者運の悪い俺も、今回は珍しく親身になって聞いてくれるうえに大変正確に患者を見通せる医者に出会えた。もしかしたら今年は医者運がいいのかもしれない。だから、痔を治すなら今年がチャンスだ。そうやって思い込みを増やして増やして俺は手術台に近づいていく。

 

ほんとは思い込みではなく、良い医者に出会うために情報を集めるべきなんだろうけど、良い医者がどこにいるのかって情報は、どこに行けば得られるのか皆目見当つかない。