ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

紀州犬と冷蔵庫のなかの無線

Twitterアプリを削除して2週間くらいになる。Google Chromeツイッターを見ることもあるので、タイムラインを一切確認してないわけではないのだけれど、心の安定にとてもよい気がしている。

 

Twitterを見ない代わりに、テレビのワイドショーをよく見るようになった。これは情弱的な振る舞いなのかもしれない。しかしワイドショーは視聴率が欲しいという目的意識がハッキリしているので、見ていてモヤモヤすることが少なくてラクだ。TwitterのTLはノイズが多すぎて疲れる。

 

おもしろいニュースがたくさんある。ボクシングの山根会長は辞めてしまったので最近下火だが、他にもニュースは多数で話題に事欠かない。台風とゲリラ豪雨の天気ニュースは全国の視聴者が撮った動画が垂れ流されておりTwitterと変わらないのでおもしろくないけど、大阪の富田林市の脱走はあまりにずさんな警備に対する小倉智昭の「まあ、土日の警察署は閑散としてるし、他の業務もあるなか勾留された人間をずっと見てるのも大変だよね」という趣旨の、警察に対して妙に同情的なコメントに思わず笑ってしまったし、阿波踊りの騒動はきな臭すぎて下世話にニュースを掘ってしまう。

 

しかしなんといっても最近もっとも関心をもって見ていたのは、山口県周防大島町男児行方不明のニュースだ。今朝無事見つかったらしく、そのニュースにホッとした。自分も娘を持つ身になってはじめてこの手のニュースに接したからか、けっこう真剣に見ていた。発見の報を伝える「スッキリ」で大沢あかねが涙を流しながら2歳児はいかに見失いやすいかを話すのを聞いて、自分の娘が2歳になったら気をつけようと素直に感想した。ネットニュースでは「猛禽類に連れさらわれた可能性も」とあって、2歳児の小ささに想いを馳せた。

 

しかし、2歳児が田舎の山奥で3日間も飲まず食わずで生きられるものだろうか。特に衰弱してる様子もなかったという。発見したのが県外から捜索ボランティアでやってきた人だと聞いて、この人あやしいのでは、と思ってしまった自分の下品さにちょっと嫌気した。誰かに連れさらわれていた、と考えるよりも、アップサイド・ダウン(ストレンジャー・シングス)に行ってたのかも、と思ったほうが楽しい。そういう想像力を持ちたい。

この周防大島のニュースはほんとおもしろくて、特によかったのは、初老の女性が飼い犬に捜索させていたことと、防災無線が古い冷蔵庫のなかに収納されていたこと。女性は男児の匂いがついたなんらかのものを持って犬に嗅がせている。「紀州犬は鼻がいいから。ふだんは猟犬なんだけどね」みたいに話していて最高にキュートだった。元自治会長が防災無線で行方不明の男子に呼びかけるシーンがあったが、無線の機械は軒先に置かれた大きな冷蔵庫(運転してないはず)のなかに入っていた。

紀州犬と冷蔵庫のなかの防災無線は、この物語を豊かにするたまらないディテールだ。こういう細部を描けるかどうかだと思う、何がだ。

 

しかし、防災無線で息子に呼びかける母の後ろ姿を捉えたシーンには顔をしかめてしまった。あれはなんだかあまりにも情緒的な映像で、グロテスクだった。町や山を固定で捉えた映像に、無線を通して島中に響く母の声を乗せる編集にも嫌悪した。

 

 

というわけで、ワイドショーをとても楽しく見ている。

怒りに疲れてTwitterアプリを消した

ツイッターアプリを消した。他人の怒りを感じつづけることに疲れ、彼らと同じように怒れない自分を自覚してむやみに落ち込むことにうんざりしてしまったから。アプリを消すとツイッターへのアクセスは断然減る。



昨年末、宇多田ヒカル「あなた」の歌詞に痺れた。

戦争の始まりを知らせる放送も
アクティヴィストの足音も届かない
この部屋にいたい もう少し


この歌を聴いてはじめて「世の中の激動から距離をとりたい」と思ってもいいのだと気づかされた。「あなた」を聴くまでの僕は、世の中の激動を見つめ、その渦に巻きこまれなくてはならないと、知らず知らずのうちに思いこんでいた。

 

「あなた」の歌詞のように、外界と断絶した、親密な空間に引きこもっていたい気持ちが僕にはある。
(ただ、「あなた」の主人公は“この部屋にいたい もう少し”と歌っているので、この部屋からも遅かれ早かれ出なくてはならないことを自覚しているのだろう。僕は“もう少し”でなく“ずっと”この部屋にいたい)

 

しかし一方には、快適で、愛のある、満たされた部屋を守るためにこそ「怒らなくてはいけないんだよ」という声がある。

理不尽な仕打ちや搾取に憤らなくてはならない。故意にせよ過失にせよ、唐突、あるいは日常的に襲ってくる差別的な言動にノーを示さなくてはならない。そういう行動の先にしか、永続的な平穏はない。いま世の中を満たしているのは、それぞれの「この部屋」を守るための憤怒なんだろう。

怒りが正当性を持つ時代になってしまった。キレることが正義だとみなされるのが今の趨勢。怒りをほとばしらせている人のほとんども、怒気から解き放たれたいと思っているだろう。怒らないで済むなら、我々だってわざわざ怒りたくない、とため息混じりに語るはずだ。
その通りだと思う。圧倒的に正しさ、説得力がある。でも僕は、その正しさに疲れてしまった。自分自身がなにかに憤るのも、誰かがなにかに怒っているのを見聞きすることも徒労だ。

 

だから僕は一度この怒りのタイムラインから身を引きあげることにした。僕は理性的に怒りを扱えないので、怒りに溺れてしまう前に、遠ざかることにした。

 

と、ここまでずっと“怒り”にしぼって書いてきたけれども、ここで僕は、自分が他人の怒りだけでなく、“感情”を疎ましく思っているだけなのかもしれないと気づく。

インスタントに発される人びとの喜びや悲しみ、不安、空虚、愛情なんかを目にし耳にするのに疲れてしまった。人間の感情はそんなにスペシャルなんだろうか。いちいち尊重しなくてはいけないのだろうか。

他人の感情なんか僕にとってはどうだっていい、そう吐き捨てる勇気を持ちたい。僕自身にとってなによりも大切なのは自分の感情だ。自分の感情は声高に発さなくても守れるはずだ。


まあ、この文章も僕の感情の溢れに過ぎないのかもしれなくて、だから、あなたにとってはどうでもいいことだよ。

Eテレ「猫も、杓子も」を見た

昨日テレビを見ていたら偶然「猫も、杓子も」という猫番組に出くわした。

“ネコメンタリー”を標榜するその番組は、作家と猫の暮らしを映し、それに飼い主である作家が文章を添えるというドキュメンタリー。

 

僕が見たその回は、小説家の吉田修一と、その飼い猫金ちゃん銀ちゃんが出ていた。

えらい高級そうなマンションの広い一室に、その売れっ子作家と小綺麗な猫は暮らしている。やたらと絵が飾ってあって、バイオリンが壁に下がってたりする部屋。むやみに広いテーブルの前に一人腰かけ紙コップに入ったコーヒー飲みながら原稿チェック。そういう洗練具合がイヤミでない感じがむしろイヤミだなと思ってしまうあたり、僕のひがみ根性だろうか。

ソファで足を組み原稿チェック。膝に乗る金ちゃんをどかすことなく受けいれる。金ちゃんと銀ちゃんはえらく上品な見た目で、うちのワンパクな猫とは大違いだった。

吉田修一という存在は、僕のなかではなんとなく忘れたい過去という感じがある。大学入学前後はとにかく好きだったがゆえに、今となっては気恥ずかしいのだ。吉田の書く小説を読まなくなって久しいが、テレビで不意に出くわした彼は、小説のなかに出てくるようなこざっぱりとした雰囲気の暮らしをしていて、そこにある種のたくましさを感じてしまった。

 

 

そのネコメンタリー『猫も、杓子も』の最新回が先ほど放送されていた。昨日の吉田修一回は最新回の放映に合わせた再放送だったのだ。

 

今回は保坂和志と白ちゃん。世田谷線沿いに住む保坂の家は、インスタ映えにはほど遠い質素なものだった。むかし、吉本隆明の住む家をテレビで見たことがあって、「有名作家でも普通の家に住むんだな」と思ったけど、そのときと同じ感想を、保坂さん家にも抱いた。

目つきの悪い白ちゃんは外猫で、保坂はその猫に15年間一度も触れたことがないという。

保坂が作ってやったという猫小屋はえらくチンケで、屋根の部分から気泡緩衝材、いわゆる“プチプチ”が垂れていた。保坂の見た目へのこだわりのなさにグっときてしまった。これもまた、小説の中の人物のような佇まいだと思った。

保坂和志の『プレーンソング』のように、誰かに生かしてもらいたいと思っていた。でも、僕はあれを読んだころ、誰とも深く交わりあえなかったし、なんにもやりたいことがなかった。ひたすらに憧れるだけだったな、あの世界。

 

 

僕は、吉田修一的な振る舞いにも、保坂和志的な佇まいにも憧れてしまう。この人生はどっちにもなれないのだろうけど、どっちかを目指すことならできる。どっちがいいかな。決めたいな。

 

ネコメンタリーを見たのに、猫についてほとんど感想言ってないな。

ライターに向いてないのか、仕事全般ムリなのか

ここ数日なんだか気分が上がらないな、と思っていたら、原稿が3つあるからだった。どれも取材自体は楽しかったり興味深かったりしたんだけど、テープ起こしをして、文章にまとめるっていう行為に対して、すごく腰が重い。テープ起こしを外注できたら少しはマシになるだろうか。しかし、テープ起こしを誰かにお願いしたら、原稿料がすべて吹っとんでしまうので、自分でやるしかない。

というか、よく考えると、テープ起こし自体は嫌いじゃない。ライターの友人や企業からも定期的にテープ起こしの仕事はもらっていて、それは喜んでやっている。自分では取材準備を一切せず、著名人や人生で交わりえない人たちの話を聞けるのは楽しいことだし、おまけにお金までもらえてお得だ。収入的にも一つの柱だし、今後もじゃんじゃん引き受けたいと思っている。

 

じゃあなぜ取材後、その記録をまとめるという作業に対してなかなか身が入らないのかと考えると、たぶん、「取材」を終えた時点でどこかホッとしてしまい、仕事がひと段落した気分になるからだろう。いちどピリオドを打ったのに改めて「やる気」みたいなものを捻出するのはひどく難儀だ。寝起きの悪い子供を起こすのと同じように骨が折れる。

 

解決策としては、取材を終えてすぐテープ起こしをしたり、取材中に取ったノートを見返し原稿のアウトラインを作るなどがあると思うけど、僕はそれをしたことがほとんどない。取材に向けて高まりきった緊張は、取材後あっというまに弛緩し、僕はだらけきってしまう。

帰り道では缶ビールを空けるし、帰宅電車では本を読んだりNetflixを見たりする。そして日が経ち、締切直前になってようやく取材を振り返るのだ。

 

これではいけないなと思う。取材時には取材対象者がくれた情報の他にも、彼・彼女の仕草や感情の流れなどの副次的な、というか取材にあってはむしろこちらが本質的とも言える非言語的な情報があって、それはもちろん音声データには残らない。そして健忘の気がある僕は取材から日が経つにつれて当然のようにそれを忘れてしまう。取材時に話を聞きながら僕が感じたことや考えたことも失われていくだろう。そうすると、できあがる原稿のクオリティは下がるに決まっている(このときクオリティが一体どの状態からどんな状態へと下がるのか、という問題は置いておいて)。

だから、ほんとは取材の鮮度の高いうちに、冷凍保存しておかなくてはならない。冷凍保存は要するにテープ起こしであり、取材ノートの見直しやまとめだ。しっかりやろう、ほんとに、マジで。

 

 

というような悩みが最近あるのだけれど、上に書いたことはほとんど告げないまま、妻に「俺にはライターが向いてないのか、仕事が向いてないのかどっちなんだろうか。それを知るにはライター以外の仕事をするしかないのか」とグチったら、「仕事が向いてないんだと思うよ」と言われた。「だって、何もしない状況は苦じゃないんでしょ?」とも。

何もしてない状況が苦なのかどうかは僕自身よくわからない。退屈はイヤだ。退屈は辛いので、人と話したいときもあるし、いつだってぶらぶら散歩したいし、毎日銭湯・サウナに行きたいし、たまには本も読みたいし、映画を見るのもやぶさかではない。思いわずらうことなく、ぼうっとする時間もたくさん欲しい(《ぼうっとする》は退屈なことではなく、とてもエキサイティングだと思う)。

でも、「何もしない」がイコール「生産的なことを一切しない」であるならば、さっきの妻の質問にはイエスと答えよう。生産しない状態は、まったく苦ではない。むしろ産みの苦しみみたいなのにばかり苛まれるので、なるべくなら産みたくない。

 

産みの苦しみの果てには、快感があって、それを知ったら病みつきになったりもするんだろうか。苦の果てに快があった経験、僕にはあるだろうか。働いた後のビールより、まっさら元気なときに飲むビールの方がうまいよ。

まあ、たぶん、そういうことじゃないよな。

「高ければ高い壁の方が登ったとき気持ちいいもんな」って歌詞の意味を僕は知らない。知りたいのかな。

 

 

ブログを止めるな!

取材を終えて、南青山を円山町へ向けて歩く。どこかの銭湯にひょいと入って30分以上かかる道のりで流れた汗を流したい、水風呂にざぶんと入りたい、人目を盗んで冷や水に頭のてっぺんまで浸かりたい。でも、今日は久々に映画を見に行くので、ぐっとこらえた。

銭湯・サウナから得られる快楽量に比べると、映画という娯楽からもらえるそれはかなり少ない。でも僕は、時間と心に隙さえあれば、いつだって映画館に行くことを検討してしまう。ほとんど癖みたいなもので、そこにこだわりはない。僕に映画を愛していると言う資格はないし、言う気もしない。でもなぜか憧れてしまうのが映画であり、映画館の暗闇だ。

円山町で映画を見た。超話題の映画。とても笑ったし、俺も仕事がんばろうとポジティブな気持ちになり、涙さえ流した。でも、この映画が「映画愛に溢れている!」と誰かが言っているのを聞くと訝しんでしまう。この作品は、映画を愛したがゆえに撮ってしまったのではなく、映画撮影に狂った人間がようやく撮ることのできた映画だ。映画への愛が結晶したのではなく、映画撮影への執着が至極まっとうな形になったのだと。

こう書くとネガティブに捉えられそうだけど、僕はこの映画のみっともない執着っぷりが好きだった。映画撮影という“仕事”への情熱が、まさにカメラを止めなかったことにより生まれる、その軌跡に心動かされた。だから、この映画は多くの人に開かれているのだと思うし、だから僕はあの映画から「俺も仕事がんばろう」と勇気をもらい、こうして久しぶりにブログも書いている。

 

映画を見終わって、ラーメンを食べ、東急本店の丸善ジュンク堂に行くが何も買わない。ヴィレッジヴァンガードにも寄るがやっぱり何も買わない。そのまま地下へ行き、東横線に乗る。横浜でJRに乗り換える。

帰宅ラッシュをわずかに外れたのか(どうかは勤め人じゃない僕にはよくわからない)、ちらほらと空席が見えるので座る。ツイッターで、あいかわらずしみったれた自己憐憫と甘ったるい自己陶酔をごった煮にした文章を書く人間がちやほやされているのを見て、腹が立ち、スマホをトートバッグに放り投げ、車窓に目をやると、西陽が綺麗に射していて、高いマンションや幅ひろい企業のビルを照らしている。並走する赤茶けた線路が健気に見える。俺は何度もこの電車に乗ってきたのに、この美しい光景を知らなかったな、と思いしばし眺めているとボックス席の向かいに座る女もスマホから目を外し、頬杖つきながら外を見る。しめしめ、と思っていると車内放送が「次は武蔵小杉、武蔵小杉」と告げる。僕は自宅とは正反対に向かう電車に乗っていた。武蔵小杉で下りの電車を待つ。猫が「人間ってこれだから」と言う。

大森靖子さんにインタビューしました

今日7月11日にアルバム『クソカワPARTY』をリリースした大森靖子さんにインタビューしました。

f:id:massarassa:20180711235053j:plain大森靖子、NEW ALBUM『クソカワPARTY』リリース・インタビュー。「このアルバムで“大森靖子”は死に、再生する。」 – DE COLUM

 

大森さんの話す言葉ってほとんど全部おもしろいんですよね。それは大森さんの言葉がいちいちほんとうのことだからで。

こう言うと、「正論はかったるいよ」なんて反発もあるかもしれないけど、それは誤解だな。「正論」がくだらないのは「正しい」からだ。「正しさ」って誰が決めたんだろうか。誰も答えられないだろう。正しさなんてものはこの世にないんだよ。ないのに、あるように振る舞う、茶番。そんなのつまらないに決まってるじゃないか。

大森さんの話す「ほんとうのこと」は大森さんにとってのほんとうのことだ。だから、それはぼくやあなたにとって受けいれがたいこともあるだろう。

しかし、自分にとっての「ほんとうのこと」をわかっている人ってどれだけいるのか? 自分のほんとうすら捉えられていない人ばかりじゃないか。自分のほんとうの気持ちにすら抑圧的で、だから当然のように他者を弾圧する。
自分だけのほんとうを掴んだ人の言葉は強くて魅力的だ。たとえ大森さんの思考がぼくにとって違和感のあるものだとしても、大森さんの思考はほんとうだから、ぼくは聴きつづける。

 

先月出版された『超歌手』というエッセイ集で大森さんは「MeTooはやめましょう」「InMyCaseをきちんと表現できる人間が増えればいいな」と書いていました。「同情がいちばん怖い」とも。 

超歌手

超歌手

 

同じ気持ちなんてないし、感情には正解も不正解もない。感情はただ生まれる。それをそれぞれが表現できればいい。ぼくの担当したインタビューで大森さんは「考えちゃったことは自分にとっては絶対的な正義でいいじゃないですか。考えちゃったことは、事実なんだし」という言葉で、その旨を説明してくれました。

 

 

大森靖子は「正しさなんてない」「正しいは怖い」あるいは「正しいはつまらない」という《ほんとうのこと》を我々に告げてしまう人だと、ぼくは思っている。

『クソカワPARTY』のジャケットには、ジョーカーに扮した大森靖子が佇んでいる。

 大森さんが説明するにはジョーカーはすべての言葉を操れる存在だから、それはつまり「バベルの塔」なき現代においても、すべての人類と意思疎通できる者を意味するはずだ。前作『kitixxxgaia』のリードトラック「ドグマ・マグマ」で“誰でもなれます GOD”と大森靖子は歌ったけど、それは神・大森靖子の誤謬だった。大森さんは自身が人類を高く見積もりすぎたことを知った。他者が大切にしているほんとうのことを受けいれられない人はどうしたって存在していて、もう彼らのことは相手にしてる暇もない。だから大森靖子は神から降り、死神になった。

 

大森さんはブリューゲルの「バベルの塔」を見たときのブログの最後に“わたしもわたしに関わってくれてる人やファンのみんなとBABELつくるんだー☺️”と書いていました。

 

 

ぼくもこのBABELに加担します。その意識でもって、インタビューに臨みました。
でも、当日、初めてまともに会話する大森さんにめちゃくちゃ緊張してしまって、ぼくはしどろもどろでしたが……。

 

 

ぼくが、このブログ「ひとつ恋でもしてみようか」にはじめて大森靖子のことを書いたのは2016年2月19日で、それは大森さん出産後初のワンマンライブの感想文だった。

 

 

当時25歳ニートだったぼくは、28歳フリーライター(稼げてないので仕事もっと欲しいです)・既婚・一児の父になった。それもこれも、いちばん辛い時期を大森靖子の音楽のおかげでやり過ごせたから。だからやっぱり少しでも恩返ししたい。青柳カヲルさんもおおたけおさんもめっちゃかっこいいじゃないですか。

 

 

 

レッテル貼りすることなく、創造的に書ける人になりたい。

 

そういえば、さっきリンクを貼った「最初から希望とか歌っとけばよかった 大森靖子「HELLO WORLD! MYNO. IS ZERO」雑感」の最後にぼくは大森さんの次のツイートを置いた。

 

このツイートを自分のブログに置いたのは、悔しかったからだ。
ナタリーで大森さんのライブレポを書いた男は、ぼくよりもずっと前から大森靖子を知っていて、ひたむきにがんばった末に、大森さんと仕事で再会した。当時ニートだったぼくはそのエピソードに嫉妬しつつも、希望として受け取った。自分もこのブログに大森さんのことを書き続けていれば、いつかチャンスは巡ってくるかもしれない。そう思えたのだった。

 

大森靖子さんについてはいっぱい書いてます。これからも書きます。

 

大森靖子「私は、死ぬことの希望よりも生きる方を選んだ」 「大森靖子VS大森靖子&シン・ ガイアズ」ライブ・レポート – DE COLUM

f:id:massarassa:20180712000615j:plain

 

ビバラポップ!が描いたアイドルの歴史と今この瞬間に生まれる物語 「VIVA LA ROCK EXTRA ビバラポップ!」フェスレポート – DE COLUM

f:id:massarassa:20180712000729j:plain

 

昔はもっと濡れていた

水に濡れた思い出は多い。

 

小学生のころの春の遠足では毎年川や池に落ちてずぶ濡れになるというジンクスがあった。5年生のとき「今年こそ濡れてたまるか」と思っていたのに、公園の池にかかる橋から水筒を落としてしまい、足で挟んで回収しようと発想したぼくは欄干に捕まり水面に足を伸ばした。足は空を切り、やがて手を滑らせたぼくは見事に3年連続濡れねずみ。遠足からの帰り道、5年生なのに涙が止まらなかった。

 

もちろんいい思い出もあって、小学4年生の半ドンの午後、豪雨にびしょ濡れになりながら男子も女子も入り乱れてびしゃびしゃになったのはすごく楽しかった、女子と分け隔てなく下心なく無邪気に遊んだのは多分あれが最後だ。

 

中学生のころは文化祭でお遊びのシンクロをやった。『ウォーターボーイズ』の影響である。夏休みは毎日のように集まって、水に潜り飛び躍動した。本番、所狭しと学生、先生、父兄らが所狭しと集ったプールサイドを、ブラック・アイド・ピーズ“Pump It”をBGMに走る。たまたま好きだった女の子の目の前がぼくのポジションだった。あの子の目の前、半裸で踊ったとき、ぼくを見て彼女はけたけた笑った……書きながら思い出してグッときてしまった。

シンクロのクライマックスは5段やぐらだった。本番1週間前、4段だと余裕だからもう1段増やそうということになったのだが、当日まで一度も成功しなかった。本番でも4回チャレンジしたが完成は叶わなかった。“Pump It”で颯爽と駆けたプールサイドを福山雅治“虹”でとぼとぼ退場する。全員が肩を落とし、中には涙を流す奴もいて、観客もほとんどみなおそらく心底からのねぎらいの拍手を送っていた(と感じるほどの主役感だった)。いつもはひょうきんなタイプの学生らが本気で落ち込んでるのだから、その拍手もだいたいが本気だったと思う。濡れた体を拭くこともなく、更衣室で泣き濡れるチームメイトたちを見てぼくはなんだか突然白けてしまったのを覚えている。失敗を美しくしようとする涙はずるいと思ったのだ。あのころのぼくは今よりずっとまっすぐな心根だった。そんな風にもやもやするラストではあったが、それでもあれはいい思い出だ。

 

大人になってからは水に濡れた思い出がほとんどないが、真っ先に思い出すのは、今の妻と結婚するずっと前、入江陽のライブを見に「月見ル君想フ」に向かう道で雨に濡れたときのこと。彼女の小さな折りたたみ傘にふたりで入っていた。ぼくがさしていたのだけれど、間違えてボタンを押してしまって傘は閉じた。ただでさえ濡れていた体がびしょびしょになった。彼女はあらかじめ「ここのボタン押しちゃうと閉じちゃうから気をつけてね」と言っていたのにぼくは間違えてしまった。でも、ぼくらはしたたかに笑いあった。あの夜の公園はどこだったか。ずぶ濡れのまま着いたライブハウスはえらく空調が効いていて寒かったけれど、楽しく音楽を聴いた。

他にもたくさん水にまつわる思い出はあるのだけれど、もうめんどくさいのでいちいち書くのはやめる。

 

水に濡れたときの思い出はなぜか鮮明に残る。特に太陽の記憶よりも雨の記憶のほうが強烈で、サザンが「思い出はいつの日も雨」と歌ったのは真理だと思う。大人になってからは水着姿になるのも億劫だし、梅雨明けをとても嬉しく思う、それが少しさびしい。